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序章 陀羅尼

まえがき / もくじ / 第1章

春のある日

太郎は峠に向かってひたすら歩いていた。太郎の住まいは海より山一つ隔てた平地の集落の中にある。峠までは小一時間の道のり。今日、太郎はそこで久しぶりに弟に会うことになっている。太郎は春の爛漫たる景色の中を、くねりながら続く峠への坂道を楽しみながら歩いた。
 太郎が海望峠にさしかかると、視野は一転して広がり、素晴らしい眺望が開けた。二郎と待ち合わせの場所である茶屋は、峠の少し下にある。
 どうやら太郎のほうが海望峠の茶屋に早く着いたようだった。もっとも約束の正午にはまだ間があった。おかげで太郎は茶屋の庭にしつらえた野点傘の下の緋毛氈に覆われた縁台に座り、見事な眺望を楽しむことができた。
 この茶屋から見る景色は雄大であった。茶屋の下の右奥は峡谷となり、大地に黒い裂け目を創っていた。その峡谷の渓流は、茶屋の真下あたりでは両岸の山々の支流を集め川となり、はるか左の下手では河となり、海に流れ込んでいる。ただ、今日は河口は霞んでいる。海は霞の中にあっても銀鏡のような輝きを見せていた。
 太陽はその白く光る海の上にあった。太陽は暖かい光を、あたり一面に燦燦と降り注いでいる。
 太郎の視野いっぱいに広がる向かいの山々は、新緑に萌えている。山々の尾根は、左側の白い海岸のある側から急に立ち上がり、太郎の視野の中央から右手にかけて、なだらかな稜線を幾重にも描いている。それらの山々は、海望峠から見ると七重にかさなって見えると言われ、この海望峠を七重峠と呼ぶ人もいる。
 眼前に広がる、幾重にもかさなりあった稜線をもつ山々も、春のいま、淡い霞に覆われている。大地から揺らぎ立つような潤いが、草を、木を、そして重なり連なる山々の全体を包み込んでいる。重畳たる山々は、新緑の鮮やかな色から遠くなるほどにだんだんと白みを帯びている。奥の二重から三重の山は、ほとんど見ることができない。そのあたりでは、山と霞と空が溶けあっているかのようだ。その上には青い空が広がり、白い雲がところどころにゆったりと浮かんでいる。
 太郎の座る縁台のそばには、先ほどまで朝露を含んでいたであろう野草が、薫るような風に揺れている。みずみずしい緑の葉といとおしく咲く野花が、厳しい冬を凌いできた生命たちの喜びを伝えている。
 鳥のさえずりも若々しく楽しげだ。
 還暦を間近にした太郎も、この春の光景の中で心が華やいでくるのがわかった。
 太郎が目線を左手の下にやると、海のほうから続く峠への葛篭折りの道を、黒い点のような人が張りつくように登ってきている。
 おそらく二郎だろう。
 黒い点は徐々に明瞭な輪郭を見せてきた。登ってくる男は、やはり二郎だった。なかなかの健脚ぶりである。
 やがて二郎は茶屋の下の道まで来た。三歳下の二郎は太郎に向けて軽く手を挙げた。二郎が笑顔を見せながら茶屋に入ってきた。二郎はいつもそうなのだが、約束の正午ちょうどに着いた。
二郎 やあ、久しぶり、兄さん。相変わらず元気そうだね。
太郎 お互いにな。まあ、座れよ。せっかくの風景だから、ここでお茶を喫みながら、ゆっくりと話そう。
二郎 きれいな景色だね。だけど、七重峠などというけれど、四重か五重程度にしかいつも見えないね。僕は来るたびに、そう思うんだよ。
太郎 「見えない」ということは、「無い」ということではないよ。ただ「見えない」だけだ。
二郎 なるほど。それにしてもきれいな青い空だね。青磁器はこんな空を焼き物に映そうとしたんだね。
太郎 そうそう。あの潤いを含んだような青だよな。北宋の徽宗皇帝は、あの空の青に魅せられて、それを汝官窯で焼かせ、永遠のものとして自分のそばに置きたかったんだろう。
二郎 美しいものが永遠にその姿のままであってほしいという気持ちはわかるね。人もまた不老不死を願うわけだ。だが、人の死は必定、国もまた永遠であることはない。
太郎 それにしても、電話でずいぶんと難しい話を聞いてきたな。なんでも電話で教えてもらえると思っているんだから、まったくのんきな弟だよ。
二郎 そんなこと言わないでよ。どうにも不可解な話なんでね。日蓮大聖人の仏法の根幹に関わることだから、教学に強い兄さんに聞くのが一番だと思ってね。
太郎 それにしても、電話で聞くような内容じゃないよな。だけど前もって言ってくれなければ、今日、急に会って聞かれても答える術がなかったよ。今日は二郎の質問に答えるために、少し資料も持ってきたよ。
二郎 ありがとう。今日は大いに話し合おう。僕たちも日蓮大聖人の仏法を信じて、かれこれ四十年を超えたね。
太郎 ここまで元気に楽しくやってこれたのは、末法の御本仏である日蓮大聖人のお蔭だ。
二郎 世界広宣流布の時だしね。世界各国で多くの地涌の菩薩が、老若男女が人生の青春≠謳歌しているよ。
太郎 地涌の菩薩の功徳讃嘆の声が閻浮提にこだましているよ。
二郎 そういう時なんだね、今は……。教学を語ったり、功徳の体験発表をしたり、対話をしたり、全世界に様々な言葉が飛び交っている。
太郎 そうなんだ。日蓮大聖人も次のように仰せになっている。
「経とは一切衆生の言語音声を経と云うなり、釈に云く声仏事をなす」(御義口伝)
二郎 僕たちの眼前の草木が生命のあることの喜びにひたっているように、より多くの人々が、日蓮大聖人の仏法に触れてほしいね。一生が青春だ。

勝劣不明で立宗とは……

太郎 ところで本論に入ろうか。
二郎 そうそう。日蓮大聖人は三十二歳で、今の千葉県で立宗されるでしょう。
太郎 そうだね。建長五(一二五三)年四月二十八日のことだ。場所は「安房国東条の郷」の清澄寺だった。
二郎 その時に、日蓮大聖人は念仏宗や禅宗に対する批判は論理的に確立していたけれども、真言(東密・台密)に対しては確立していなかった、と主張する学者≠ェいるんだ。「法華真言未分化」だと言ってね。
太郎 だけどその学者≠ヘ、立宗の時、日蓮大聖人が南無妙法蓮華経を唱えられたことは認めているんだろ?
二郎 当然、そうさ。
太郎 じゃあ、日蓮大聖人はさしたる確信もなく、南無妙法蓮華経をみずからも唱え、他にも勧めたことになるの? そんな馬鹿なことはありえない。そのようなことを言う者は、日蓮大聖人を貶めているだけだと言えるよ。
二郎 僕もそう思うんだけれども、言ってる人が日蓮大聖人の研究で高い評価を受けている人なんだ。大学の教授≠ナね。
太郎 教授≠ェ言っていようと間違いは間違いだ。日蓮大聖人が南無妙法蓮華経をみずからも唱えられ、他にも勧められたのは、ひとえに日蓮大聖人御在世当時だけでなく、末法万年尽未来際にわたる民衆を救うためだったんだよ。
二郎 それも命がけだからね。
太郎 その学者≠ェ、建長五(一二五三)年四月二十八日に日蓮大聖人が南無妙法蓮華経と唱えられたことを認めながら、真言宗に対する批判的な立場が明確でなかった≠ニ言うならば、それはまるで日蓮大聖人がみずからの教法について未完成なまま、行きがかりで布教をし、師弟共に難に逢ったということになる。
二郎 メーカーでも未完成品を売れば、社会的に問題になる。
太郎 日蓮大聖人は、民衆救済の唯一にして最勝の法として南無妙法蓮華経を説かれたのだ。唯一無二でも、最勝でもないものを命がけで唱え、人にも勧めるなどということはありえようはずがない。
二郎 当時は、末法に入り釈迦仏法の功力が及ばないということで人心が動揺していた。そのような時に、唯一無二、最勝のものとして日蓮大聖人が題目を示されたのでなければ、日蓮大聖人は求道の迷える法師に過ぎないということになるね。
太郎 日蓮宗(身延)などにもそれに似たような考えがある。日蓮大聖人が求道の菩薩だということで、年々歳々、あるいは難を経るにしたがって徐々に境界を確立されていった、という言い分だ。
二郎 「菩薩」では申し訳ないと思ったのか、「大」の字をつけて「日蓮大菩薩」としているが、本質的には同じことだね。
太郎 日蓮大聖人が悟達のゆえに立宗されたということを否定しているんだ。悟りそのものすら認めようとしない。自分の想像力の限界内で、日蓮大聖人を捉えようとしている。
二郎 そのとおりだね。その学者≠ヘね、日蓮大聖人について次のように言っているよ。
「日蓮が初めて入寺した清澄寺でも留学先の比叡山でも、天台に加えて密教の行法が併修されていたことであろう。日蓮は法華と真言の共存を当然のこととして受け入れる宗教的風土の中で、仏教者としての歩みを開始したのである。
 そうしたこともあって、日蓮は当初真言に対して並々ならぬ親近感を抱いていたようである。日蓮は立教開宗の翌年、『不動・愛染感見記』という書を著し、『大日如来より日蓮に至る、二十三代嫡々相承』と記して、みずからを大日如来以来の系譜に位置づけた。正元元年(一二五九)の『守護国家論』に至っても、『法華真言の直道』といった法華と真言を同等に捉える言葉が散見する。建長五年の段階では、日蓮はまだ法華と真言を同体視する天台的世界の内部にあったのである」
太郎 ずいぶんと一人よがりの「学説」だな。まるっきりわかっていない。建長五(一二五三)年に立宗された日蓮大聖人が、翌建長六(一二五四)年に大日如来からの相承をどうして受けなきゃならないんだ。そんな暴論が「学説」として通るのか。教授≠セったらなにを書いても良いというわけではないだろう。
二郎 兄さん、それだけではすまないよ。「守護国家論」を日蓮大聖人が著されたのは、立宗から六年後だよ。六年経っても日蓮大聖人は「法華真言未分化」だって。
太郎 冗談だろう。
二郎 違うよ。さっきの学者≠フ文章にも書いてあっただろう。その学者≠ヘ、日蓮大聖人が立宗より六年が経った頃に書かれたとされる「守護国家論」を引き合いに出し、この時代においても、「日蓮は法華真言未分の立場をまだ抜け出すことができなかった」と主張してるんだ。挙げ句には、日蓮大聖人が伊豆に流罪され、法華経を色読されたことによって、「法華経への傾倒を急速に深めていくのである」などと言っているよ。
太郎 日蓮大聖人が伊豆に流罪されたのは弘長元(一二六一)年、日蓮大聖人が四十歳の時だ。じゃあ、立宗後八年経ってやっと法華経に急速に傾倒するというんだ。こうなると学説じゃなくて、これはもう邪説だよ。
二郎 僕もそう思うよ。だけど、これが日本中世史の権威の教授≠フ論で、その影響が大きいんだよ。
太郎 だけど、それは日蓮宗(身延)などの考えだな。自分の頭脳の範疇でしか物事を見られない。それも御書に反し、事実に目をつむり、牽強附会にみずからの論に日蓮大聖人の御書を切り文にして利用しているに違いない。御書を真面目に読み、史実を確認すれば、そんな立論は出てこない。
二郎 なるほど。
太郎 その学者≠ヘ、みずからの権威のために日蓮大聖人を研究しているのかな? 特権意識が真実を見る目を失わせるんだろう。
二郎 そうとしか見えないね。信解しようとしているとは到底、思えない。
太郎 日蓮大聖人は次のように仰せだ。
「我もいたし人をも教化候へ」(諸法実相抄)
 自行化他の信心がないうえに、高座から見下ろすような学説を立てられても困る。
二郎 本人≠ヘ高座に登って心地良いかもしれないが、日蓮大聖人の流類として看過することはできない。この学者≠ヘ、末法の御本仏である日蓮大聖人を貶めている。
太郎 権威の塔≠フ中で、我賢しと日蓮大聖人のことを述べているだけだ。民衆救済の視点がないのみならず、日蓮大聖人を自分の権威づけに利用しようとしている。僕たちもしっかり勉強しないといけないね。日蓮大聖人の仏法を権威者に独占されてしまう。
二郎 そう思うよ、僕も。この「学説」には、御書を純粋に拝さないで珍奇な論を述べ、学者として名をあげたいという下心が見え隠れしている。
太郎 日蓮大聖人は天台大師の次のような言葉を引用されているよ。
「復修多羅と合せるをば録して之を用ゆ無文無義は信受す可からず」(法華玄義)
二郎 文の無いもの義の無いものは用いちゃいけないんだ。
太郎 その学者≠ヘ、文を読んでも義が頭に入らない。文も義も自説に合わせて切り文で使っているんだ。そうでなければ、そんな邪説が日蓮大聖人の仏法から出てくるはずがない。
二郎 それは仏説を破壊していることになる。日蓮大聖人の教法を内から破ろうとする師子身中の虫だ。
太郎 日蓮大聖人がよく引用される涅槃経の文がある。涅槃経は末法において法華経を流通するためのお経だ。
「爾の時に是の経、閻浮提に於て当に広く流布すべし。是の時に当に諸の悪比丘有つて、是の経を抄略し、分ちて多分と作し、能く正法の色香美味を滅すべし。是の諸の悪人、復是くの如き経典を読誦すと雖も、如来の深密の要義を滅除して、世間の荘厳の文飾無義の語を安置す。前を抄して後に著け、後を抄して前に著け、前後を中に著け、中を前後に著く。当に知るべし。是くの如き諸の悪比丘は、是れ魔の伴侶なり」
二郎 日蓮大聖人の教法については、日蓮大聖人の御書に依らなければいけないんだ。それしかないんだ。それも文意をしっかり汲んでね。それにしても涅槃経は、この現代の状況を見事に予想しているね。
太郎 現代だけじゃないよ。日蓮大聖人の時代も魔の伴侶は跋扈した。
二郎 日蓮大聖人が大法を弘通することを、様々な勢力が妨害した。言葉を巧みに使いわけ、謀略を巡らせながらね。
太郎 さっきその学者≠ヘ、日蓮大聖人は「法華真言未分化」のまま立宗されたと言っていたが、その学者≠ヘ真言宗の実態を知っているのだろうか。
二郎 どうだか。

「理同事勝」という邪説

太郎 例えば、真言宗は「理同事勝」という言葉を使い、法華経と大日経などの真言宗の経典が、「理」において同じで「事」において法華経より勝れている、としているんだよ。「事」において勝れているという根拠は、印と真言があるということだったんだよ。
二郎 印ってなんだろう?
太郎 印は、両手を組み合わせて作るいろいろな形だよ。印相、印契などというけどね。
二郎 じゃあ、真言とは?
太郎 真言とは口で唱える呪だよ。例えば「ナウマク・サマンダ・ボダナン・アビラウンケン」といったね。
二郎 そんな暗号のような言葉を言って、手で様々な印を結んでみせると、傍目にはすごくありがたそうに見えるんだろうね。
太郎 京都の東寺や大覚寺、高野山の金剛峯寺に鎮座した出家たちが、天皇や公家、はては武家階層から、所領を安堵され大枚の金をもらいながら祈ってたんだよ、日蓮大聖人の御在世当時。今も本質的には、変わらない。
二郎 そのためには、誰も理解できない秘術が必要だ。それで印と真言が不可欠だったんだね。
太郎 わからない分だけありがたく感じるんだよな、人間って妙なもんだよ。仏と自分たち衆生との間に特別な神通力を持った者がいるのではないかと考えるんだ。誰しもが陥りやすい考え方だよ。これが僧の特権意識を生み、堕落を生むんだ。そして仏法を破壊する。
二郎 自分たちが直に仏様に接することができないと考えるなんて、可哀想な人たちだね。その点、僕たちは末法の御本仏日蓮大聖人の認められた御本尊という仏様に朝夕に直に接して祈ることができるんだから、ありがたいね。
太郎 華厳経においても「心仏及衆生 是三無差別」と説かれている。これは心と仏、そして一切衆生には差別がない、一体のものだという経文だ。日蓮大聖人は、法華経の立場より、その華厳経の文の実義を開会して、御書によく引用されている。華厳経には、法華経、涅槃経に次ぎ高度な教えがある。
 さっき「理同事勝」という言葉を使ったが、天台法華と真言が「理」は同じで、印と呪がある真言が勝れているという論だ。この珍奇な論によって、天台法華は真言に破れた。象徴的な出来事は、「天台宗」の第三代座主の慈覚が真言密教化したことにより、内部から法華最勝の論を食い破られ、結局は乗っ取られてしまうんだから、情けない話だよね。
二郎 それでは、なんのために法華経を学んだのかわからないね。心と仏と人にまったく差別がないと悟るのが法華経の肝心なのにね。
太郎 さすがだな、二郎は。それこそが釈迦の説いた法華経の真髄だ。天台大師は『摩訶止観』の巻第一で次のように述べている。
「此の一念の心は縦ならず、横ならず、不可思議なり、但己のみ爾るに非ず、仏及び衆生も亦復是くの如し。『華厳』に云く『心と仏と及び衆生と是の三差別無し』と。当に知るべし己心に一切の仏法を具すということを」
 この『摩訶止観』の巻第一の文は、日蓮大聖人が御書で引用されている。心と仏と衆生の三つに差別がないということは、日蓮大聖人の仏法の肝要だよ。日蓮大聖人みずからも次のように仰せになっている。
「然れば久遠実成の釈尊と皆成仏道の法華経と我等衆生との三つ全く差別無しと解りて妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、此の事但日蓮が弟子檀那等の肝要なり法華経を持つとは是なり」(生死一大事血脈抄)
二郎 それが法華経の肝心の教えでしょ!
太郎 そうなんだよ。

法華経にも印と真言がある

二郎 法華経の教えを忘れて、真言や印があるということだけで「天台宗」の座主が法華経の根本を食い破られるなんて、情けない。
太郎 だけど、法華経にも印と真言があるんだよ。
二郎 兄さん、正気?
太郎 もちろんだよ。
二郎 僕にはとうてい理解できない話だね。
太郎 だって二郎は御本尊に向って唱題する時、手を合わせるだろう?
二郎 そんなこと、当たり前じゃない。
太郎 それがね、「合掌印」という印なんだよ。日蓮大聖人は次のように仰せになっているよ。
「其の上法華経には『為説実相印』と説いて合掌の印之有り」(真言見聞)
二郎 印ってそういう簡単なことなんだね。
太郎 法華経一部八巻二十八品には、合掌という文字が四十七カ所出てくる。それだけ最高の印が出てきているのに、「天台宗」の延暦寺第三代座主の慈覚は騙されたんだなあ。まあ、騙されたというよりは、自分も「真言師」となって天皇、公卿や在俗の者たちを見下ろしたかったのかもしれない。
二郎 宗教的な特権意識に浸りたかったんだ。
太郎 仏様に向って素直に手を合わせればいいんだよ。それが合掌だ。それをグニュグニュ、グニュグニュと手を握り形を変えて、あたかも秘術のようにするんだよ。いい大人のすることじゃないよ。素直な心で手を合わせればいいことだ。
二郎 印はわかったけれども、法華経に真言なんてあったっけ?
太郎 うん、あるよ。
二郎 本当にそう?
太郎 そうだよ。
二郎 法華経のどこにあるの?
太郎 陀羅尼品第二十六だよ。陀羅尼品には次のように書かれている。
「爾の時、薬王菩薩は仏に白して言さく、
『世尊よ。我れは今、当に説法者に陀羅尼呪を与えて、以て之を守護すべし』と。
 即ち呪を説いて曰さく、
『安爾、曼爾、摩禰、摩摩禰、旨隷、遮梨第、賖刀A賖履、多瑋、羶、帝、目帝、目多履、沙履、阿瑋沙履、桑履、沙履、叉裔、阿叉裔、阿耆膩、羶帝、賖履、陀羅尼、阿盧伽婆娑、簸庶毘叉膩、禰毘剃、阿便哆、邏禰履剃、阿亶哆波隷輸地、漚究隷、牟究隷、阿羅隷、波羅隷、首迦差、阿三磨三履、仏駄毘吉利袟帝、達磨波利差、帝、僧伽涅瞿沙禰、婆舎婆舎輸地、曼哆羅、曼哆羅叉夜多、郵楼哆郵楼哆、憍舎略、悪叉邏、悪叉冶多冶、阿婆盧、阿摩若、那多夜』」
二郎 この法華経を読めばわかるとおり、これらの陀羅尼呪を説いたのは薬王菩薩なんだね。
太郎 そうなんだよ。薬王菩薩はね、このあと、
「世尊よ。是の陀羅尼神呪は、六十二億恒河沙等の諸仏の説きたまう所なり。若し此の法師を侵毀すること有らば、則ち為れ是の諸仏を侵毀し已れり」
 と確信を述べる。「法師」とは、この法華経を行ずる者だ。陀羅尼呪は、法華経の行者を守護するためのものだよ。そのあとも、次々と諸菩薩がみずからの呪を説くんだよ。
二郎 みんなが決意発表をするんだね、法華経の行者を守るために。そしてそれぞれが呪を述べる。
太郎 薬王菩薩に続いて勇施菩薩が呪を説く。当然のことながらこの菩薩も、法華経の行者を守護するために、呪を述べたのだ。次には毘沙門天王護世者が同様に、続いて持国天王が、そして十羅刹女や鬼子母神なども誓って呪を述べているよ。その呪の目的は、次のようなものだ。
「寧ろ我が頭の上に上るとも、法師を悩ますこと莫れ」
「若し我が呪に順ぜずして 説法者を悩乱せば 頭破れて七分に作ること 阿梨樹の枝の如くならん」
二郎 法華経の行者を悩ませたり乱れさせたりする者は頭破作七分になるんだ。御本尊にも明確に「若悩乱者頭破七分」と認められている。
太郎 ところで二郎、さっきの「安爾、曼爾、摩禰」などを聞いてどう思う?
二郎 どうもこうもないよ。呪文だよ。
太郎 法華経にはこのように「陀羅尼呪」「陀羅尼」「呪」と書いてある。簡略に言えば「呪」であり、法華経の行者を守ると祈誓した者たちの音声すなわち言葉だよ。
二郎 そうなんだ。
太郎 日蓮大聖人は「秀句十勝抄」に次のように書かれている。
「円融三諦の義、陀羅尼は唯法華のみに有て余経には都て無し。他宗所依の経には都て円益を得ること無し。天台法華宗には具に円益を得る有り。勧発の功は果分の経に尽ぬ。又云く、世尊若し後世の後五百歳濁悪世の中に云云。当に知るべし、法華経の力の故に後世の後五百歳に円機の四衆等。又云く、経に又云く、亦復其に陀羅尼咒を与う。是の陀羅尼を得るが故に云云。当に知るべし法華経を護らんが為に真言を持者に与へ、自身常に守護す」
 日蓮大聖人はこのように、陀羅尼は法華経にしかないと明言されている。
二郎 この「亦復其に陀羅尼咒を与う。是の陀羅尼を得るが故に」という経文について、日蓮大聖人は「経に又云く」とおっしゃっているけど、この経とは、なんという経なんだろう? さっきは陀羅尼品第二十六だったけど。
太郎 同じく法華経の普賢菩薩勧発品第二十八だよ。普賢菩薩も法華経の行者を守ると呪を説いた。
「阿檀地、檀陀婆地、檀陀婆帝、檀陀鳩賖隷、檀陀修陀隷、修陀隷、修陀羅婆底……」
 法華経において呪は法華経を持つ者を守るという諸々の者たちの誓いの言葉なんだ。
二郎 呪はあくまで法華経の行者を守る言葉なんだ。

陀羅尼と神呪は法華経の行者のため

太郎 しかしながら、もっともっと突き詰めていけば、陀羅尼や神呪は法華経の真髄そのものに繋がっていく。
二郎 それはどういうこと?
太郎 それは呪の最高にして唯一のものだよ。さらに言えば、それを持ち奉る者の音声も、呪と捉えることができる。日蓮大聖人は「御義口伝」で次のように仰せになっている。
「一陀羅尼品

御義口伝に云く此の品は二聖・二天王・十羅刹女・陀羅尼を説きて持経者を擁護し給うなり、所詮妙法陀羅尼の真言なれば十界の語言・音声皆陀羅尼なり、されば伝教大師の云く『妙法の真言は他経に説かず普賢常護は他経に説かず』陀羅尼とは南無妙法蓮華経の用なり、此の五字の中には妙の一字より陀羅尼を説き出すなり云云」

二郎 最高の陀羅尼とは南無妙法蓮華経なの?
太郎 そうだよ。南無妙法蓮華経が最高の呪であり真言なんだ。それだけではないよ。南無妙法蓮華経を信じ奉る者の言語や音声もみんな陀羅尼なんだ。
二郎 陀羅尼、真言ってそのようなことなんだ。
太郎 正法を護るために、あるいは大法を弘通するために発する音声が、ことごとく陀羅尼なんだよ。もっと付言すれば、地獄、餓鬼から人、天を経て仏界に至る十界の者たちの言語音声はみな、陀羅尼なんだよ。
二郎 そういうことか。
太郎 陀羅尼とか、神呪、呪などと言っているけど、そんなに特別なものではないんだ。功徳の体験談などは、素晴らしい陀羅尼だよ。
二郎 法華経が説かれたのはインドの国だよね。この「安爾、曼爾、摩禰」などという言葉は、その地方の言葉ではないのかなぁ。
太郎 そういうことも言えるね。
二郎 そうなると、法華経を聞いて歓喜したインドのある地方の人たちの言葉とも言えるね。その人たちが、末法の法華経の行者たる地涌の菩薩を護ると誓ってるんだ。
太郎 たしかに。だが、呪は方言とも言えるし、別の国からみれば外国語なんだよね。
二郎 日本人が漢訳の法華経を読誦していると、法華経発祥の地であるインドの人たちからは、呪と聞こえるだろうね。
太郎 法華経を理解させようと話している日本語も、呪として聞こえるかもしれないぞ。今や法華経は世界に広まっているから、法華経について語っているアジア、北米、南米、ヨーロッパ、アフリカなどの人々の言葉も、他の国の人からすればかなり高度な呪ということになる。
二郎 外国語が呪になって、それがありがたいことになってしまっているんだね。そうなると、陀羅尼があるということは、暗に閻浮提広宣流布を示しているとも言えることになる。あらゆる国の人たちが、仏を讃嘆することを予期しているが故に陀羅尼なんだ。
太郎 さらに考えてみると、大宇宙の別の天体に住む衆生も、法華経の真髄に触れて呪、神呪、陀羅尼を唱えて、そして正法を弘通し、功徳の体験を述べていることが想像される。これも呪であり、陀羅尼だ。
二郎 なるほど、壮大な教えだね、法華経は。
太郎 南無妙法蓮華経が宇宙にあまねく響いているんだ。それが真実の陀羅尼であり、最高の神呪なんだ。
二郎 なるほど。
太郎 身延における日蓮大聖人の「御講」の話を筆録した、いわゆる「御講聞書」には、次のように書かれている。
「一妙法蓮華経陀羅尼の事
仰に云く妙法蓮華経陀羅尼とは正直捨方便・但説無上道なり、五字は体なり陀羅尼は用なり妙法の五字は我等が色心なり、陀羅尼は色心の作用なり、所詮陀羅尼とは呪なり、妙法蓮華経を以て煩悩即菩提・生死即涅槃と呪いたるなり、日蓮等の類い南無妙法蓮華経を受持するを以て呪とは云うなり、若有能持即持仏身とまじないたるなり、釈に云く陀羅尼とは諸仏の密号と判ぜり、所詮法華折伏破権門理の義遮悪持善の義なり云云」
二郎 じゃあ、真言宗が真言と称して呪を誦えてみても、妙法蓮華経という実体がないんだから、なんの意味もないね。
太郎 要するに、真言宗には手と口しかないんだよ。体がないんだ。日蓮大聖人は、次のように仰せになっている。
「印は手の用・真言は口の用なり其の主が成仏せざれば口と手と別に成仏す可きや」(真言見聞)
二郎 手と口だけで成仏しようとしても、本体の人間自身が成仏しないのでは、仕方がない。
太郎 支離滅裂の法だ。「真言師」の説くところは口と手だけだ。
二郎 すると、「真言師」は口八丁手八丁の輩ということになる。
太郎 口で話すことが呪で、手で示すことが印なんだ。特別なことじゃないよ。誰だって、心で思ったことを口や手で表現するじゃないか。
二郎 親しい人に会った時、「やあ」と言って手を挙げるけれども、これは心を素直に表現している。真言風に言うと「やあ」は呪で、挙げた右手は印ということになるんだ。
太郎 そうそう、その体でいくと「みなさん、どうですか」と言って、手を前に強めに出すと、この印は求同意印。
二郎 そこで、拍手をすると讃嘆印であり同意印であり、歓喜印。
太郎 商売人が、右手と左手を合わせて揉み手をすると、求利益印ということになる。愛想印かもしれない。
二郎 上司に対して部下が同じ印をすると胡麻印。
太郎 いやそれはゴマすり印。
二郎 法華経の会合は、どこで行なわれますかと聞かれて、指をさすと指差印。もしくは会座案内印だ。
太郎 駅員がプラットホームでやっている指差喚呼は、印・真言を備えている。指を指して、左右を向いてなにか呪を唱えている。
二郎 あはは。それは民衆を益する印・真言と言える。
太郎 腕を胸の前で組んでいると、これは思議印となる。
二郎 両手を目の前で交差させると、拒否印だ。
太郎 両手で拳を作り額の前で交差させ、左右斜め下に勢い良く下ろす。これは押忍印。
二郎 オッス!!
太郎 二郎。兄さんが左手の人差し指を右掌で握り込んで、右手の人差し指を立てた時は助けに来てくれよ。
二郎 それは結構、怪しげだね。なんという印なの。
太郎 不抜不差印だ。
二郎 どういうこと?
太郎 抜き差しならない状況を示しているんだよ。
二郎 もうこのくらいで印相について話すのはやめようよ。
太郎 印と呪といっても、心の表象にすぎないことはよくわかっただろう。
二郎 そうすると、手話はすごい印だね。心を反映している。印をもって心を伝え合っている。
太郎 真言の輩は、習った意味不明の呪を口真似で唱え、これまた手真似の印を示している。口真似手真似だから、自分で自分のやっていることが理解できていない。だが、信者が不思議がって敬うと増長する。一千年にわたる悪循環。口と手が、身のみならず生命も縛ってしまった。
二郎 心を離れて印とか真言と言ったって仕方ないことだ。

天台宗は慈覚から狂った

太郎 だから真言は法華経にその体を求めた。その故に、日本の「天台宗」の体内に入り、挙げ句は「天台宗」を体内から食い破って、手を出し口をつけ、印と真言をもって居座わってしまった。その手引きをしたのが、こともあろうに「天台宗」の第三代座主である慈覚なんだよ。
二郎 さっきもその話、出てたね。
太郎 慈覚は、仁寿三(八五三)年、比叡山延暦寺に総持院を造ったんだ。そこに大日如来を本尊として安置し、真言風の灌頂の儀式をし始めるんだよ。
二郎 じゃあ、「天台宗」じゃなくして実態は真言宗じゃない、それでは。
太郎 そうなんだよ。真言宗になってしまったんだ、「天台宗」は。元々の真言宗は京都の東寺にあやかり「東密」と呼び、食い破られた側の「天台宗」の真言を「台密」と呼ぶんだ。
二郎 正法を正法として末代に至るまで伝えるということは、本当に大変なことだね。
太郎 陀羅尼について、日蓮大聖人の教えの中でさらに確認しておきたい。日蓮大聖人は、「御義口伝」において次のように仰せになっている。
「第一陀羅尼の事

御義口伝に云く陀羅尼とは南無妙法蓮華経なり、其の故は陀羅尼は・諸仏の密語なり題目の五字・三世の諸仏の秘密の密語なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは陀羅尼を弘通するなり捨悪持善の故なり云云」

二郎 「今日蓮等の類い」と言っていただけると嬉しい、歓喜する。日蓮大聖人は、僕たちを弟子、同志、子供と思ってくださっている。
太郎 真言の輩のように、仏と衆生のあいだに入り、仏と衆生を隔てようなどとは、絶対にされない。
二郎 今の「御義口伝」の中で、南無妙法蓮華経を「三世の諸仏の秘密の密語」とおっしゃっているけども、仏法から見て「秘密」とはどういうことなんだろう。
太郎 これも日蓮大聖人が教えてくださっている。
「但是れ前に未だ説かざる所を秘と為し開し已れば外無きを密と為す」(真言見聞)
二郎 日蓮大聖人は、これまで誰もが説かれなかった法、そして説けば欠減するものが一切ない法、すなわち「密語」たる南無妙法蓮華経を説かれたんだ。
太郎 自分たちは「三世の諸仏の秘密の密語」を日々朗々と唱えているんだから、これ以上の幸せはない。
二郎 実感するね。そうなると法華経という法を盗んだ真言を退治しなくてはならない。
太郎 日蓮大聖人は、次のようにも仰せになっている。
「第二安爾曼爾の事

御義口伝に云く安爾とは止なり・曼爾とは観なり、此の安爾・曼爾より止観の二法を釈し出せり、仍つて此の咒は薬王菩薩の咒なり薬王菩薩は天台の本地なり、安爾は我等が心法なり妙なり曼爾は我等が色法なり法なり色心妙法と呪する時は即身成仏なり云云」

二郎 日蓮大聖人は「安爾」「曼爾」といった陀羅尼を深く思惟されていたんだね。
太郎 日蓮大聖人の教法は微密にして広大無辺、細心にして勇猛、ただただ感服するのみ。
二郎 このように考えてくると、学者≠フ「法華真言未分化」のまま日蓮大聖人が立宗された≠ネどという論は、謬論だということが実感としてわかる。
太郎 合掌印をもって神呪、陀羅尼の頂点に立つ南無妙法蓮華経をみずからも唱え、他にも勧められた末法の御本仏・日蓮大聖人に対して、その立宗の時においても「法華真言未分化」などという学者≠ヘ、法義に照らしてみれば「愚か」の一言につきる。
二郎 その学者≠ヘ、先程も引用したように、日蓮大聖人が「当初真言に対して並々ならぬ親近感を抱いていた」とも言っている。御書のどこを読んでいるんだろうね。
太郎 究極の印と真言を所持されている日蓮大聖人が、偽物の印と真言にどうして親近感を持つことがあろうか。絶対にない。
二郎 当然だよね。偽物の印・真言が、本来なら法華最勝をもって決して譲らぬはずの「天台宗」を乗っ取ってしまったんだ。
太郎 日蓮大聖人は十六歳から三十二歳まで十六年間も修学されている。この修学の際、当然のことながら、「天台宗」の比叡山延暦寺や園城寺、そして真言宗の東寺、高野山金剛峯寺にも行かれている。真言が、法華経を最勝とすべき「天台宗」の体内を食い破っている状況をつぶさに見られていたんだ。偽物が本物の体内に入り込み、本物然と振る舞っていた。しかも法華経を「理同事勝」として大日経より下に位置づけていた。法華誹謗だ。
二郎 これ程の重罪はない。
太郎 日蓮大聖人が南無妙法蓮華経をもって立宗された時には、その必然として印と真言は備わっていたと言える。南無妙法蓮華経と唱え合掌することがすべてだ。末法の民衆救済のために、究極無比の肝要として事の上に示されている。法華経の法を盗み、つまらぬ印や真言をもって、施を求めていた真言の輩など、とっくに下されていた。
二郎 そうすると、この学者≠フ言っている「法華真言未分化」説の論拠はどうなるのかな。この学者≠ヘ、日蓮大聖人が修学中の二十一歳の時に書かれたという「戒體即身成佛義」と、立宗後の建長六(一二五四)年、つまり日蓮大聖人が三十三歳の時に書かれたという「不動・愛染感見記」を根拠にして、その説を立てている。日蓮大聖人が立宗後も真言、すなわち東密と台密について、いまだに分明ならざる立場にいたと言うんだよ。
太郎 わかったよ、二郎。その二書について検討する前に、日蓮大聖人が、どのように出家得道され、悟りを開かれたかについて知る必要がある。それを日蓮大聖人の御書に沿ってまず検証していこう。
二郎 そうすれば、日蓮大聖人が立宗の時に、法華経を最勝とせず、権経である真言宗の三部経などを下されていなかった≠ニいう学者≠フ「法華真言未分化」論が吹っ飛んでしまうんだね。
太郎 二郎はわかりが早いな。そのとおり。では、日蓮大聖人が十代の頃を、どのように過ごされていたか見ていこう。