五月、春のころに本書を書くことを決意した。
本書に書いた最蓮房が誰かということについては、前年の二月に気づくことができた。同時に「祈禱経送状」も正確に読むことができた。それらのことについては、いずれ時が来るならば、書こうと思っていたが、意外にもそれは早かったと言える。
今回、本書を著すにあたっては、さまざま困難なことがあった。「不動・愛染感見記」や「法華開会戒体抄」(戒體即身成佛義)「十一通御書」「立正観抄」「立正観抄送状」「末法一乘行者息災延命所願成就祈禱經文」などの真偽判、日蓮大聖人の悟達の時期を見極め、それを論証すること、などなどであった。
その中で最も悩んだのは、竜の口の「ひかりたる物」「光物」についての解明であった。
一時は断念することも考えたが、極限状況の中で、一瞬にして閃くものがあり、真実を解明できた。一連の事柄の解明は、到底、自力をもってなし得るものではなかったと思う。ただ、筆を擱いた今は、時のしからしむるところであったとの感慨を持っている。
七月三日、万全を期して起筆した。ところが七月末、文半ばにして読み返してみると、文巧に流れ、論易きに浮いていることに気づいた。
再び八月二十四日、背水の陣の決意をもって再起筆した。本書の九割がたの文は、それ以降に一カ月と数日で書き終えたものである。春に論考し、夏に起筆し、秋に上梓することができた。
本書を読み、『日蓮大聖人と最蓮房』という題名との乖離を感ずる人がいるかもしれない。この書は「日蓮大聖人の御生涯」と題するべきではないかと。だが、それは違う。日蓮大聖人の教法は、大法弘通の大任を担った日興上人という弟子との師弟不二に収斂される。日興上人に日蓮大聖人の一期の弘法は、そのまま付嘱された。そしてその血脈は創価学会に流れる。現代において信じ奉り正しく行ずる者がいなくては、いかに御本仏日蓮大聖人の教えといえども虚妄の論となる。創価学会は、日蓮大聖人の仏法が真実の法であることを証明する仏意仏勅の団体である。
「御義口伝」涌出品一箇の大事に曰く。
「涌出の一品は 悉く本化の菩薩の事なり、本化の菩薩の所作としては南無妙法蓮華経なり此れを唱と云うなり導とは日本国の一切衆生を霊山浄土へ引導する事なり、末法の導師とは本化に限ると云うを師と云うなり〈中略〉今日蓮等の類南無妙法蓮華経と唱え奉る者は皆地涌の流類なり」
最蓮房に与えられた「諸法実相抄」に云く。
「地涌の菩薩のさきがけ日蓮一人なり、地涌の菩薩の数にもや入りなまし、若し日蓮地涌の菩薩の数に入らば豈に日蓮が弟子檀那・地涌の流類に非ずや」
同じく最蓮房に与えられた「祈禱経送状」に云く。
「法華経の行者は信心に退転無く身に詐親無く・一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば、慥に後生は申すに及ばず今生も息災延命にして勝妙の大果報を得・広宣流布大願をも成就す可きなり」
本書が、日蓮大聖人の教法を真摯に求める人たちの教学の研鑽に益することを願うものである。
なお、著者は春より秋に至るまで、午前四時、五時、六時より執筆にあたったが、その意気に感じて、仕事の合間、午前六時より無償でもって資料などの整理にあたってくれた、我が報恩社の社員たちがいたことをここに記しておく。


