一心欲見仏≠フ大煩悩
太郎 日蓮大聖人は寿量品の文底秘沈の法門について、次のように仰せになっている。「次に寿量品の法門は日蓮が身に取つてたのみあることぞかし、天台・伝教等も粗しらせ給へども言に出して宣べ給はず竜樹・天親等も亦是くの如し、寿量品の自我偈に云く『一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず』云云、日蓮が己心の仏界を此の文に依つて顕はすなり、其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事・此の経文なり秘す可し秘す可し」(義浄房御書)
二郎 「一身欲見仏不自惜身命」の日蓮大聖人の生涯を通しての戦いによって、寿量品の文底に秘し沈められた事の一念三千が顕然としてあらわれ、三大秘法が成就されるんだ。三大秘法とは、本門の本尊、本門の題目、本門の戒壇だ。
太郎 日蓮大聖人はみずからの法門が、天台や伝教はおろか釈迦の教法をも超えたものであることを幾度も言われている。最蓮房に与えられた「諸法実相抄」には、次のように認められている。
「かくの如き等の法門・日蓮を除きては申し出す人一人もあるべからず、天台・妙楽・伝教等は心には知り給へども言に出し給ふまではなし・胸の中にしてくらし給へり、其れも道理なり、付属なきが故に・時のいまだ・いたらざる故に・仏の久遠の弟子にあらざる故に、地涌の菩薩の中の上首唱導・上行・無辺行等の菩薩より外は、末法の始の五百年に出現して法体の妙法蓮華経の五字を弘め給うのみならず、宝塔の中の二仏並座の儀式を作り顕すべき人なし、是れ即本門寿量品の事の一念三千の法門なるが故なり」
二郎 日蓮大聖人が、釈迦、多宝二仏並座の法華経の儀式を作り顕した本仏なんだ。これだけ日蓮大聖人がはっきりと何度も教えられているのに、文底の法門はない、「日蓮大菩薩」だと言っている宗派があるのには、本当に驚く。
太郎 日蓮大聖人滅後、臆病のゆえに釈迦仏法の中に逃げ込んで、出てこれなくなったんだ。「日蓮大菩薩」と言っている者たちは、「天台沙門」を名乗り保身をはかった五老僧の末裔なんだ。
二郎 卑怯者が「日蓮大菩薩」だと、無始無終の本仏である南無妙法蓮華経日蓮大聖人を貶めている。僕は仏の法を信ずるがゆえに、それに違背すること自体をもっとも恐れるよ。
末法に留められた正法
太郎 日蓮大聖人は、人法一箇の「本門の教主釈尊」を本尊としなさいと言われている。これは天台も伝教も弘めなかった正法であると断言されている。「問うて云く天台伝教の弘通し給わざる正法ありや、答えて云く有り求めて云く何物ぞや、答えて云く三あり、末法のために仏留め置き給う迦葉・阿難等・馬鳴・竜樹等・天台・伝教等の弘通せさせ給はざる正法なり、求めて云く其の形貌如何、答えて云く一には日本・乃至一閻浮提・一同に本門の教主釈尊を本尊とすべし、所謂宝塔の内の釈迦多宝・外の諸仏・並に上行等の四菩薩脇士となるべし、二には本門の戒壇、三には日本・乃至漢土・月氏・一閻浮提に人ごとに有智無智をきらはず一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし、此の事いまだ・ひろまらず一閻浮提の内に仏滅後・二千二百二十五年が間一人も唱えず日蓮一人・南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と声もをしまず唱うるなり」(報恩抄)
二郎 日蓮大聖人を「日蓮大菩薩」と言っている者たちだって、いくらなんでも「報恩抄」は、読んでいるだろうにね。
太郎 本尊と崇めるべき「本門の教主釈尊」は、宝塔中に並座する釈迦、多宝のみならず諸仏、上行等の四菩薩も脇士としている。ここで四菩薩が脇士とされているのは、法華経文上に説かれた菩薩だからだ。「本門の教主釈尊」が、御本尊の中央にまします「南無妙法蓮華経日蓮」を指していることは明らかだ。
二郎 この「報恩抄」では、本門の戒壇、本門の題目も明らかにされているね。本門の題目は日蓮大聖人が初めて唱えられたものなんだ。それを僕も唱えている。不思議な、不思議な縁を感じるね。
太郎 日蓮大聖人は三大秘法について、日興上人に次のようにも教えられているよ。
「第廿五建立御本尊等の事
御義口伝に云く此の本尊の依文とは如来秘密神通之力の文なり、戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云」
日蓮大聖人のお認めになった御本尊は、南無妙法蓮華経如来寿量品第十六の「如来秘密神通之力」が依文になっているんだ。日蓮大聖人の顕された御本尊は、法華経の行者である日蓮大聖人の「一身の当体」と言われている。すなわち日蓮大聖人は日興上人に、自らが御本尊であるとし、人法一箇を明示されている。二郎 人法ともに尊しだね。
太郎 人法一箇がわからなくて、日蓮大聖人の末流を名乗っている者がいるのは笑止千万と言える。
二郎 学者の中には、「人法一箇」を示す文証がないと言っている者がいる。また、御書のどこにも「人法一箇」と書かれていないと言っている。
太郎 それは義に反し、文にも反する。人法一箇を認められた日蓮大聖人の御真蹟はたくさん残っている。人法一箇は、御真筆御本尊の相貌において歴然としている。
二郎 それは、どういうことなの?
太郎 先ほどの「報恩抄」でも書かれていたが、「本門の教主釈尊」が御本尊の中央に歴然と認められている。それは自受用報身如来の相貌に他ならず、人法一箇そのものだ。
二郎 ?
太郎 御本尊の中央に「南無妙法蓮華経日蓮」と認められている。これ以上の人法一箇の依文はない。
二郎 そういうことなんだ。
太郎 「南無妙法蓮華経」と「日蓮」とは一体不可分と拝すべきだ。
二郎 確かにそうでしかありえない。
太郎 御本尊に「日蓮」と認められていることについて、ただ日蓮大聖人が書き判をされていると思っている者がいる。そのように考えている者たちは、「本尊」と称するものを表し、その時、中央に「南無妙法蓮華経」と記し、その下に書いた本人の名前を記している。身延派などの「本尊」はそうなっている。御本尊に「日蓮」という文字が認められているのは、あくまで「南無妙法蓮華経」と一体だからだ。日蓮大聖人は、凡愚の私ども衆生のほうを見てくださっている。
二郎 「日蓮」と認められた文字を単に書き判だと思ったり、僕たちの代表として「日蓮」大聖人が「南無妙法蓮華経」に向いていると考えることは間違いなんだね。日蓮大聖人は僕たちに背を向けられているのではない。「南無妙法蓮華経日蓮」として、こちらを向いてくださっているんだ。
太郎 その根本義に迷っているから、身延派などの者たちは、「日蓮」と書かれた場所に自分の名前を書いて平気なんだ。日蓮大聖人を釈迦より下に見て、自分たち衆生の代表程度にしか考えていないからそういう過ちを犯すんだ。日蓮大聖人は御本尊の中に居まして、拝する我々の方を見てくださっている。
二郎 日蓮大聖人は慈悲の眼差しをもって、朝夕に拝する僕たちを見守ってくださっているんだ。
師と弟子が相対して
太郎 師弟相対だ。師弟が向かい合っているんだ。日蓮大聖人の御在世中は、日蓮大聖人に相対して弟子たちは題目をあげたそうだ。二郎 なるほど、だから師弟相対なんだね。
太郎 御本尊の相貌をもって、「未究竟」であるとし、日蓮大聖人の晩年に近い御本尊を「究竟」などと得意げに分けている法主≠ェいる。御本尊に未究竟も究竟もあるわけがない。すべてが究竟だ。もったいないことだが、「南無妙法蓮華経」の真下に「日蓮」という文字が配されていった時期は、日蓮大聖人が滅後の弟子のことを考えられて認められたと思える。
二郎 日蓮大聖人はみずからの余命をも考え、御本尊を認められていたんだ。
太郎 佐渡期に認められた御本尊には、「日蓮」という文字が中央に配されていない。そのことに、日蓮大聖人の大確信を感じることができる。日蓮大聖人は、「きらずんば・はからうべし」とまで言われた佐渡流罪期において、必ず生還することを確信されていた。御本尊を背に、自らが弟子に相対し座られることが前提となり、御本尊を認められている。だが、身延在住の弘安期になると、ただ滅後のことを考えられ御本尊を認められていたことがわかる。
二郎 そうとしか思えないね。その大慈大悲を考えると目頭が熱くなる。
太郎 日興上人御書写の御本尊を拝すると、「南無妙法蓮華経」と「日蓮」はまったく一体のものとして「南無妙法蓮華経日蓮」と認められている。「南無妙法蓮華経日蓮」という自受用報身如来に照らされた御本尊の相貌は、まことにもってありがたいものだ。
二郎 その寿量文底に建立された御本尊に南無妙法蓮華経と唱えることのできるありがたさは、なにものにもかえがたい。
仏の魂魄≠ヘ未来永劫に常住
太郎 日蓮大聖人は次のように仰せになっている。「日蓮がたましひをすみにそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし」(経王殿御返事)
二郎 日蓮大聖人の魂魄は、末法今日、未来永劫に常住と言える。
太郎 さらに、その人法一箇の御本尊について、日蓮大聖人はみずから次のように仰せになっている。
「問て云く寿量品専ら末法悪世に限る経文顕然なる上は私に難勢を加う可らず然りと雖も三大秘法其の体如何、答て云く予が己心の大事之に如かず汝が志無二なれば少し之を云わん寿量品に建立する所の本尊は五百塵点の当初より以来此土有縁深厚本有無作三身の教主釈尊是れなり、寿量品に云く『如来秘密神通之力』等云云、疏の九に云く『一身即三身なるを名けて秘と為し三身即一身なるを名けて密と為す又昔より説かざる所を名けて秘と為し唯仏のみ自ら知るを名けて密と為す仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず』等云云」(三大秘法禀承事)
二郎 日蓮大聖人は、インド応誕の釈迦とは違い「五百塵点劫の当初」已来、無始無終にして無作三身の仏なんだ。日蓮大聖人は、一身即三身、三身即一身という仏の法を「秘」と「密」に立て分けて述べられ、三世常恒だとおっしゃっている。
太郎 日蓮大聖人は、このみずから悟られた一念三千の宝珠を末法の衆生のために、次のようにして残してくださっているよ。
「正しく久遠実成の一念三千の法門は前四味並びに法華経の迹門十四品まで秘させ給いて有りしが本門正宗に至りて寿量品に説き顕し給へり、此の一念三千の宝珠をば妙法五字の金剛不壊の袋に入れて末代貧窮の我等衆生の為に残し置かせ給いしなり」(太田左衛門尉御返事)
二郎 日蓮大聖人は宝珠を、南無妙法蓮華経という金剛不壊の袋に入れて僕たちのために残してくださったんだ。
滅後衆生のための寿量品文底
太郎 だからこそ、寿量品の文底秘沈の法は末法のためだということになる。寿量品の文底に説かれているのは、人法一箇の南無妙法蓮華経のことだったんだ。日蓮大聖人は次のように仰せになっている。「寿量品の一品二半は始より終に至るまで正く滅後衆生の為なり滅後の中には末法今時の日蓮等が為なり」(法華取要抄)
二郎 およそ二千年前に寿量品が説かれ、末法において南無妙法蓮華経が弘まる布石が打たれていたんだね。
太郎 日蓮大聖人は人本尊開顕の書である「開目抄」で、次のように仰せになっている。
「一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の文の底にしづめたり、竜樹・天親知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり」
二郎 ただし、天台が法華経より導き出した一念三千は理の一念三千で、日蓮大聖人の事の一念三千とは天地雲泥の差があるんだね。
太郎 それはこれまで、何度も確認してきたとおりだよ。日蓮大聖人の南無妙法蓮華経は、天台、妙楽、伝教も述べなかった法華経の肝心だとして、日蓮大聖人は次のように仰せになっている。
「南無妙法蓮華経と申すは一代の肝心たるのみならず法華経の心なり体なり所詮なり、かかるいみじき法門なれども仏滅後・二千二百二十余年の間・月氏に付法蔵の二十四人弘通し給はず、漢土の天台妙楽も流布し給はず、日本国には聖徳太子・伝教大師も宣説し給はず」(曾谷入道殿御返事)
さっき二郎は、法華経において寿量品が説かれたのは日蓮大聖人の教法が流布されるための布石だと言ったけど、天台、伝教もまたその布石に連なる者だったんだ。薬王菩薩の化身として天台、伝教は、釈迦の命を受け、末法に弘まるべき南無妙法蓮華経の「先序」としての役割をもつ者たちだった。
二郎 天台、伝教は、日蓮大聖人の「先序」にしかすぎなかったんだ。
太郎 そうだ。日蓮大聖人は、次のようにも仰せになっている。
「此れ等の大論師は法華経の深義を知し食さざるにあらず然而法華経流布の時も来らざる上・釈尊よりも仰せ付けられざる大法なれば心には存じて口に宣べ給はず或時は粗口に囀る様なれども実義をば一向に隠して演べ給はず、像法一千年の内に入りぬれば月氏の仏法漸く漢土日本に渡り来る世尊眼前に薬王菩薩等の迹化他方の大菩薩に法華経の半分・迹門十四品を譲り給う、これは又地涌の大菩薩・末法の初めに出現せさせ給いて本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を一閻浮提の一切衆生に唱えさせ給うべき先序のためなり、所謂・迹門弘通の衆は南岳・天台・妙楽・伝教等是なり、今の時は世すでに上行菩薩等の御出現の時剋に相当れり」(下山御消息)
二郎 今は本門寿量品文底秘沈の南無妙法蓮華経が弘まる末法という「時剋」にあたるんだ。それは御本仏出現の時でもある。
太郎 寿量品文底秘沈の日蓮大聖人の法門を、釈迦の説いた法華経の本門、迹門の法門に比べ、日蓮大聖人は「第三の法門」であると明言されている。
「日蓮が法門は第三の法門なり、世間に粗夢の如く一二をば申せども第三をば申さず候、第三の法門は天台・妙楽・伝教も粗之を示せども未だ事了えず所詮末法の今に譲り与えしなり」(常忍抄)
文底秘沈の正法とは
二郎 日蓮大聖人の仏法と釈迦仏法の立て分けは、明々白々たるものがあるね。太郎 日蓮大聖人は、日興上人に対する血脈の書である「本因妙抄」で次のように仰せになっている。
「問うて云く寿量品・文底の大事と云う秘法如何、答えて云く唯密の正法なり秘す可し秘す可し一代応仏のいきをひかえたる方は理の上の法相なれば一部共に理の一念三千迹の上の本門寿量ぞと得意せしむる事を脱益の文の上と申すなり、文の底とは久遠実成の名字の妙法を余行にわたさず直達の正観・事行の一念三千の南無妙法蓮華経是なり、権実は理なり本迹は事なり、亦権実は約智約教・本迹は約身約位、亦云く雖脱在現・具騰本種といへり、釈尊・久遠名字即の位の御身の修行を末法今時・日蓮が名字即の身に移せり理は造作に非ず故に天真と曰い証智円明の故に独朗と云うの行儀・本門立行の血脈之を注す秘す可し秘す可し」
日蓮大聖人は釈迦の説いた法華経、そして法華経の肝心である寿量品をも迹であり、理の一念三千であると言われている。寿量品の文底の大事とは事行の一念三千の南無妙法蓮華経のことであると明言されている。日蓮大聖人は久遠無作三身如来として末法の民衆救済のために出現されたことを明かされている。その事実こそが血脈であるといわれている。血脈を示された「本因妙抄」には日蓮大聖人の大変なお立場が明かされているんだ。
二郎 この日蓮大聖人の久遠元初自受用報身如来という本地を知ることができた僕たちは、日蓮大聖人より血脈を継いでいただいているに等しい。大変な時代に生まれたものだと思うよ。
大慈悲のゆえの法華経身読
太郎 まったくそのとおり。これこそが日蓮大聖人の願いだったんだ。最蓮房に与えられた「生死一大事血脈抄」において日蓮大聖人は、次のように仰せになっている。「日本国の一切衆生に法華経を信ぜしめて仏に成る血脈を継がしめんとする」
二郎 日蓮大聖人の御本仏としての大慈悲を感じる。日蓮大聖人の大法弘通の時に生まれ合わせたことに喜びを感じる。
太郎 大慈大悲の末法の御本仏である日蓮大聖人は、御生涯をかけ法華経を身読されるなかで、その本地を示されている。日蓮大聖人は文永八年十月、佐渡へ流罪されたが、その佐渡での生死の境目において、一大確信を披瀝されている。
「されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし、定んで天の御計いにもあづかるべしと存ずれども一分のしるしもなし、いよいよ重科に沈む、還つて此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか、又諸天・善神等の此の国をすてて去り給えるか・かたがた疑はし、而るに法華経の第五の巻・勧持品の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずば・ほとをど世尊は大妄語の人・八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし、経に云く『諸の無智の人あつて・悪口罵詈等し・刀杖瓦石を加う』等云云、今の世を見るに日蓮より外の諸僧たれの人か法華経につけて諸人に悪口罵詈せられ刀杖等を加えらるる者ある、日蓮なくば此の一偈の未来記は妄語となりぬ、『悪世の中の比丘は・邪智にして心諂曲』又云く『白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如し』此等の経文は今の世の念仏者・禅宗・律宗等の法師なくば世尊は又大妄語の人、常在大衆中・乃至向国王大臣婆羅門居士等、今の世の僧等・日蓮を讒奏して流罪せずば此の経文むなし、又云く『数数見擯出』等云云、日蓮・法華経のゆへに度度ながされずば数数の二字いかんがせん、此の二字は天台・伝教もいまだ・よみ給はず況や余人をや、末法の始のしるし恐怖悪世中の金言の・あふゆへに但日蓮一人これをよめり」(開目抄)
二郎 流罪中、生きるか死ぬかの瀬戸際において述べられた大確信の言々句々だ。寿量品文底に秘沈された自受用報身如来の大境界に立たれた御本仏でなければ、このような御文は書けるものではない。それも末法の民衆救済のために、これら数々の難を忍ばれた。この日蓮大聖人の大境界は、凡愚の者においては、とてもではないが計り知れないものがある。たしかに、法華経を身読されたのは日蓮大聖人お一人なんだ。
太郎 同じ佐渡流罪中の文永十年五月に著された「如説修行抄」において、日蓮大聖人はみずからを「如説修行の法華経の行者」と述べられている。「如説修行の法華経の行者」であるがゆえに三類の強敵が打ち寄せたことを述べられている。そこで日蓮大聖人は次のように仰せになられている。
「我等が本師・釈迦如来は在世八年の間折伏し給ひ天台大師は三十余年・伝教大師は二十余年・今日蓮は二十余年の間権理を破す其の間の大難数を知らず、仏の九横の難に及ぶか及ばざるは知らず」
二郎 さっき釈迦の九横の大難が話題になったけど、日蓮大聖人の大難は釈迦に比べるべくもない。難の大きさをもってしても日蓮大聖人が釈迦、天台、伝教よりも勝れていることは明々白々だ。
太郎 誰しもがわかることだよ。日蓮大聖人の能忍の戦いがなければ、法華経は偽経として、仏説からも外されていたことだろう。日蓮大聖人は、法華経を身読したのは日蓮ただ一人だと、「聖人御難事」でも仰せになっている。
「而るに日蓮二十七年が間・弘長元年辛酉五月十二日には伊豆の国へ流罪、文永元年甲子十一月十一日頭にきずをかほり左の手を打ちをらる、同文永八年辛未九月十二日佐渡の国へ配流又頭の座に望む、其の外に弟子を殺され切られ追出・くわれう等かずをしらず、仏の大難には及ぶか勝れたるか其は知らず、竜樹・天親・天台・伝教は余に肩を並べがたし。日蓮末法に出でずば仏は大妄語の人・多宝・十方の諸仏は大虚妄の証明なり、仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内に仏の御言を助けたる人・但日蓮一人なり」
二郎 日蓮大聖人の教法が想像を絶するものであることは、この法華経を身読された日蓮大聖人の御生涯を見つめることによってよくわかる。法華経はまさに末法の御本仏・日蓮大聖人のために書かれた未来記なんだ。釈迦は本仏である日蓮大聖人の未来記を説くためにインドに生まれ、法華経を顕したと言える。
太郎 釈迦の未来記は日蓮大聖人の法華経の身読によって真実であることが証明されるが、一重立ち入ってみれば、未来記が存在し、それを証明するという法則性に仏法の計りがたい不可思議を感じる。
二郎 本当に不思議なことだね。未来記たる法華経を妄語にせず、未来記であったと実証された日蓮大聖人の戦いは、ただただ能忍のご生涯だった。
太郎 たしかに日蓮大聖人がそれらの諸難を忍ばれたからこそ、仏法は仏滅後、末法の時代に蘇った。
「法華経の方人として難を忍び疵を蒙る事は漢土の天台大師にも越え日域の伝教大師にも勝れたり、是は時の然らしむる故なり、我が身法華経の行者ならば霊山の教主・釈迦・宝浄世界の多宝如来・十方分身の諸仏・本化の大士・迹化の大菩薩・梵・釈・竜神・十羅刹女も定めて此の砌におはしますらん」(四条金吾殿御返事)
二郎 日蓮大聖人が大難を忍ばれたことによって、釈迦、多宝、十方の仏菩薩たちが、今の末法に来集したことは疑いない。
太郎 法華経の釈迦、多宝、二仏並座の宝塔は、諸仏ともども、御本尊として我々の眼前にある。
二郎 日蓮大聖人の教法を信じた人たちが、世界中で南無妙法蓮華経と唱え、自他にわたる幸せを祈っている。
太郎 日蓮大聖人の御在世の時から七百有余年を経た今日においても、霊山一会は儼然未散だ。
二郎 日蓮大聖人の血脈が流れていると言えるね。
太郎 日蓮大聖人は、閻浮提において南無妙法蓮華経と人々が唱えられることを心から望まれていた。これこそが仏法の肝心要の法則なんだ。日蓮大聖人は次のように仰せになっている。
「地涌千界出現して濁悪末代の当世に別付属の妙法蓮華経を一閻浮提の一切衆生に取り次ぎ給うべき仏の勅使なれば・八十万億の諸大菩薩をば止善男子と嫌はせ給しか等云云、又彼の邪宗の者どもの習いとして強に証文を尋ぬる事之有り、涌出品並びに文句の九・記の九の前三後三の釈を出すべし、但日蓮が門家の大事之に如かず」(教行証御書)
二郎 僕たちも「仏の勅使」のお手伝いを懸命にしなくてはいけないね。
太郎 この南無妙法蓮華経を弘める我々のことを、日蓮大聖人は次のように言われ愛でてくださっているよ。
「而るに地涌千界の大菩薩・一には娑婆世界に住すること多塵劫なり二には釈尊に随つて久遠より已来初発心の弟子なり三には娑婆世界の衆生の最初下種の菩薩なり、是くの如き等の宿縁の方便・諸大菩薩に超過せり」(曾谷入道殿許御書)
二郎 この御書にある「釈尊」は久遠元初自受用報身如来のことだね。僕たちはその眷属として、南無妙法蓮華経の流布に努めなければならない。そこにこそ我々が生まれてきた意味があるんだ。
其の教主は某なり
太郎 世界に南無妙法蓮華経が弘まっていることは、ひとえに日蓮大聖人の本地より発するものだ。日蓮大聖人の教法を閻浮提に弘めようとする日蓮大聖人の末流の我々は、日蓮大聖人の本地を思い定めなければならない。日蓮大聖人は「百六箇抄」において次のように述べられている。「下種の法華経教主の本迹自受用身は本・上行日蓮は迹なり、我等が内証の寿量品とは脱益寿量の文底の本因妙の事なり、其の教主は某なり」
二郎 この「百六箇抄」を拝するだけで身震いがするよ。
太郎 日蓮大聖人は弘長元(一二六一)年に、伊豆伊東に流罪された時、船守弥三郎に対して次のように仰せになっている。
「我等衆生無始よりこのかた生死海の中にありしが・法華経の行者となりて無始色心・本是理性・妙境妙智・金剛不滅の仏身とならん事あにかの仏にかわるべきや、過去久遠五百塵点のそのかみ唯我一人の教主釈尊とは我等衆生の事なり、法華経の一念三千の法門・常住此説法のふるまいなり、かかるたうとき法華経と釈尊にてをはせども凡夫はしる事なし」(船守弥三郎許御書)
二郎 日蓮大聖人は優しい方だね。伊豆伊東の流罪の時、一庶民に対しその本地を開顕し、総じては、船守弥三郎をはじめとする衆生すべてが南無妙法蓮華経と等しいと仰せくださっているんだ。「五百塵点のそのかみ唯我一人の教主釈尊とは我等衆生の事なり」と仰せられている。本当に心と仏と衆生には無始以来、まったく差別がないんだ。
太郎 伊豆伊東の流罪の時に、すでに本地を開顕されているということは、重大な意味を持つ。佐渡流罪を前にしての竜の口における頸の座で、初めて日蓮大聖人が大きく境界を開いたとするような邪義は、この御書によって打ち砕かれる。この御書は、日蓮大聖人が伊豆伊東の流罪において、すでに久遠元初自受用報身如来としての本地を覚悟されていたというなによりの証左だ。
二郎 日蓮大聖人はそのみずからの本地を十六歳の時に悟られた。
太郎 ここに、甚深の法門を直截に明かされた御書があるよ。
「日蓮生れし時より・いまに一日片時も・こころやすき事はなし、此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」(上野殿御返事)
二郎 「日蓮生れし時より」なんだ。
太郎 そうなんだ。日蓮大聖人の深意がはっきり示されている。
二郎 十六歳で悟られた時でもなく三十二歳の立宗の時でもない。「日蓮生れし時より」「此の法華経の題目を弘めんと思うばかりなり」なんだ。
太郎 日蓮大聖人がお生まれになったということ自体が、久遠元初自受用報身如来の所作そのものであることがわかる。
二郎 日蓮大聖人の御一生がそうなんだね。
太郎 南無妙法蓮華経如来寿量品の自我偈自体、日蓮大聖人の御生涯自体を示しているんだ。「自身」としての御生涯は「若退若出」のお振る舞いといえる。
二郎 だから日蓮大聖人は、「自」を十六歳の悟りの時であると意識されていないんだ。
太郎 そうなんだ。「宝珠」は、「南無妙法蓮華経日蓮」にほかならない。
虚空蔵菩薩は悟りの仮託
二郎 僕が問題にしていた、虚空蔵菩薩から授かった「宝珠」の意味がやっとわかってきたような気がするよ。太郎 「宝珠」は、「南無妙法蓮華経日蓮」にほかならない。
二郎 そうなると、「善無畏三蔵抄」「清澄寺大衆中」「破良観等御書」に書かれた虚空蔵菩薩の話は、どう理解すればいいのだろうか。
太郎 それは、自らの本地開顕を虚空蔵菩薩との関係に仮託されたことなんだ。
二郎 なるほど、そういうことでしかない。
太郎 文永七(一二七〇)年に書かれた「善無畏三蔵抄」は、清澄寺で兄弟子であり、後に日蓮大聖人の弟子となった浄顕房、義浄房に送られたもの。建治二(一二七六)年正月に書かれた「清澄寺大衆中」は、清澄寺の人たちに送られたもの。同じ建治二年に書かれたと推定されている「破良観等御書」は、書かれている内容からして、光日房に与えられたものだということがわかっている。光日房もまた清澄寺に縁のある人だった。虚空蔵菩薩を記したこれらの御書は、いずれも虚空蔵菩薩を本堂の本尊として祀る清澄寺にゆかりのある人たちに送られたものだ。だから、日蓮大聖人は虚空蔵菩薩≠竍宝珠≠ノ仮託して、みずからの悟りを述べられたと言える。
二郎 それでは日蓮大聖人は、どのようにして悟りを得られたのだろうか。
太郎 法華最勝を知り、その文底を読まれ、日蓮大聖人みずからが「三世諸仏総勘文教相廃立」や「御義口伝」「血脈抄(百六箇抄)」「本因妙抄」で明かされたとおり、ご自身が南無妙法蓮華経の当体だということを悟られたんだ。


