●「『地涌』選集」の編集にあたって


●「『地涌』選集」の編集にあたって
一、『地涌』は、一九九一(平成三)年一月一日に創刊され、一九九六(平成八)年二月一六日付の第901号までファックスにて発信された。発信の対象は、一九九一年夏頃までは日蓮正宗の末寺のみ、それ以降は創価学会の全国主要会館にもファックスにて送信された。『地涌』の編集長は不破優、発行元は日蓮正宗自由通信同盟。
一、『地涌』発行終了間際、不破優ならびに編集メンバーは(株)報恩社ビル内に発足させた「自由と人権を守る勝手な連合」(略株「自由勝手連」)が発行する「JAN」の編集にあたった。「JAN」は日顕宗、一部の政治家やマスコミおよび山崎正友、乙骨正生らの創価学会に対するネガティブ・キャンペーンに反論し、マスメディアに対しファックスにて送信された。「JAN」は一九九六(平成八)年一月一日に創刊され、一九九六(平成八)年九月十日付の第34号まで発行された。「JAN」は日顕宗に対する戦いの一環として位置づけられ、かつ「信平狂言訴訟」「東村山市議自殺事件」「山崎正友のウソ」など重要な問題に論及しているので、それ以降の「JAN」の一部も本「『地涌』選集」に収録した。

一、本「『地涌』選集」は、『地涌』編集長である不破優の書いた『地涌』「JAN」あわせて900余号分より『地涌』500号分、「JAN」28号分を選び一書となした。

一、破仏法者・日顕については、『地涌』第283号まで「上人」号をもって呼称した。本「『地涌』選集」においては、「上人」号を剥奪すべきが正当であろうが、当時の状況を素直に伝えるためにも、それをあえて訂正せずそのままにし、敬語も同様とした。ただし、ほかの者について「師」などの尊称は、それを取った。

一、「御書」の引用文の通解は 『地涌』本編には付されていないが、本「『地涌』選集」において、読みやすくするため多くの引用文に通解をつけた。

一、『地涌』本編には、写真、図版などはほとんど掲載しなかったが、本「『地涌』選集」ではそれらを、理解の一助として新たに加えた。

一、『地涌』 の一九九一(平成三)年秋頃発行のものには、替え歌、戯れ歌、「狂学辞典」などが掲載されているが、それらは全国の創価学会員たちの創作であり、編集部がそれを蒐集したものである。

一、「逢難」「法難」シリーズは一章第41号、「導師本尊」シリーズは十一章第372号、「仏勅」シリーズは十八章第687号、「出家」考は二十三章第775号より、それぞれ連載を開始している。

一、『地涌』本編は単行本「『地涌』からの通信」(はまの出版)として三十四巻にわたり発行された。その巻末に「おわりに」として、師弟論をテーマに書いたが、それを本「『地涌』選集」の二十七章に一括、掲載した。

一、日顕宗との対論に備え、『地涌』関連年表、引用された御書一覧、ならびに索引を別巻として加えた。(当ホームページには掲載しておりません)

一、当ホームページでは、旧字など正しく表示されないと思われる文字は、ひらがなまたは新字などに置き換えました。詳細は別表を参照。


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