第28章 優 者 不 破


「JAN」創刊号  1996年1月1日
私たち創価学会員有志は創価学会員に対する政治家やマスコミの差別に抗し、信仰する者の自由と人権を守るために、自由勝手連を発足させ「JAN」を発行することにしました。


「JAN」第3号  1996年1月9日
“東村山事件”をめぐるバカ騒ぎは、朝木市議が万引きをし自殺した事実だけが残った。虚報のライター、どう結末をつける?


「JAN」第4号  1996年1月10日
東村山女性市議の転落死にまつわる「報道」を検証すれば、一部マスコミがいかにデマ・中傷をタレ流しているかよくわかる。


「JAN」第5号  1996年1月20日
万引きされた洋品店を取材しただけで朝木市議のウソはすぐわかるのに、どうしてマスコミはそのウソに乗り創価学会を攻撃したのか。


「JAN」第6号  1996年1月21日
万引き犯人の市議がごまかす手段として被害者を告訴してもマスコミは糾弾せず、あろうことか筆を曲げて創価学会に謀略の嫌疑をかぶせるとは……。日本のマスコミに良心はないのか。


「JAN」第7号  1996年1月23日
朝木市議や矢野市議は万引き事件のあった時刻に「びっくりドンキー」で食事をしていたと主張したが、店側は朝木市議が同日来店しなかったこと、同市議が他人の領収書の写しを後日もっていったことを証言した。朝木市議の万引き事件を隠蔽するため、二人は種々の“創価学会謀略”説をデッチ上げたのだ。


「JAN」第8号  1996年1月30日
任意団体まで作り創価学会つぶしに狂奔する内藤国夫氏が、日蓮正宗の組織の手を借り創価学会を殺人者に仕立てる謀略文書を全国に配布した。これでも内藤氏はジャーナリストか。


「JAN」第9号  1996年1月31日
反面取材を意図的にせず創価学会に謀殺の嫌疑を向けた『文藝春秋』掲載の乙骨氏の記事は、まさに謀略文書。正信会機関紙『継命』元編集長の乙骨氏は、狂信的な筆の持ち主といえる。


「JAN」第10号  1996年2月9日
党利党略で池田名誉会長を“住専国会”の参考人に招致しようとする自民党の暴挙に創価学会員は怒っている。この政治家の横暴を正面から批判せず“客観的姿勢”を装って逃げるのでは、マスコミは社会の木鐸としての使命をみずから放棄しているに等しい。


「JAN」第11号  1996年2月16日
日蓮正宗という阿部管長を生き仏と崇めるカルト集団の檀徒たちは、創価学会より被害を受けたと競ってウソをつき、功名争いをしている。今回の『週刊新潮』の「レイプ手記」も、例外ではない。


「JAN」第12号  1996年2月26日
昭和四十八年四十六歳のときに教団トップにレイプされ「この人は一体、何なんでしょう。人間じゃない」と憎んだ女性が、昭和五十八年五十六歳のときには喫茶店の床上で、平成三年六十四歳のときにも道端で同じ教団トップにレイプされたという。このような「手記」を真顔で掲載する『週刊新潮』の松田宏編集長は、日頃どのような劣情を抱いているのだろうか。その劣情が真実を見る目を曇らせたのか?


「JAN」第13号  1996年2月27日
創価学会と日蓮正宗との関係史が整理され頭に入っている者ならば、『週刊新潮』掲載のレイプデッチ上げ「手記」の筆者がどれほどウソをついているか、即座にわかる。ウソつき婆さんのたわいない作り話にだまされる『週刊新潮』編集部は偏見の主。


「JAN」第14号  1996年2月29日
信平信子が『週刊新潮』掲載のレイプねつ造「手記」に書いている役職を解任された理由、脱会の期日、理由とも大ウソ。複数の創価学会員から借金をし返済しないから、夫婦ともに解任された。事実関係はすでに裁判の判決で明白となっている。事実に反した一方的な「手記」を掲載した『週刊新潮』編集部の罪は重い。


「JAN」第15号  1996年3月2日
金を借りていながら裁判で返済を迫られると、事実無根の金のやりとりをねつ造し相手を逆に裁判に訴える。果てはその相手に対し犯罪の嫌疑をデッチ上げ地検に告訴する。レイプされたと『週刊新潮』で騒ぐ筆者とその亭主は相当なワル。


「JAN」第17号  1996年3月18日
『週刊新潮』の松田宏編集長が、「私は64歳のときに服をボロボロにされ道端で朝7時半にレイプされた」との虚言に乗せられ、4週にわたり創価学会を攻撃している。下がるに下がれぬということだろうが、松田クンが謝罪せねば幕は降りぬゾ!


「JAN」第18号  1996年3月19日
信平がレイプされたと公言する「プレハブ建て」の喫茶「ロアール」は、昭和五十八年にはなかった。『週刊新潮』の松田宏編集長は“悪い女”に引っかかったもよう。レイプ事件は、“悪い男と女”の心中事件に発展してしまうのか。


「JAN」第19号  1996年4月6日
『週刊新潮』が報じた「レイプ事件」が真っ赤な偽りであったことは、林野庁が撮影保管していた2枚の航空写真により裏づけられた。『週刊新潮』が「レイプ」の現場と報じたプレハブの建物は写真に写っていなかった。つまりこのプレハブの建物内で「レイプ」されたという『週刊新潮』掲載の手記は、まったくの作り話だったのだ。エセ告発者・信平信子の大ウソを、そのまま活字にしてタレ流した新潮社と『週刊新潮』編集部の責任は重大である。


「JAN」第21号  1996年4月26日
パリ控訴院で「創価学会をセクト(危険な集団)と決めつけるのは過ち」との判決が昨年末に出たのに、『諸君!』はそれに目をつむり、フランス現地からの報告として「フランス議会では創価学会はセクト視されている」と作意的な報道をなした。いつもながらの『諸君!』のやり方だが、出版物で国民をマインドコントロールしようとする文藝春秋は、セクト出版社ということか。同社によれば、ナチスによるユダヤ人の虐殺も南京大虐殺も存在しないということだ。慢ずる者は、恥も罪も自覚せず。


「JAN」第22号  1996年4月22日
ウソをついてありもしない「レイプ事件」をデッチ上げ被害者を装って「人格攻撃」している信平が、今度は「人格攻撃」されているとまたしても『週刊新潮』誌上で被害者を装う。林野庁撮影の航空写真に強姦現場が存在せず、信平が尋常ならざる大ウソつきであることがはっきりしたのに、そのウソの尻馬に乗りいつまでも騒ぎ立てる『週刊新潮』の報道は悪質そのもの。


「JAN」第23号  1996年4月29日
『週刊新潮』の報道はナチスばり。虚報を反復し、国民の頭にウソを事実として刷り込もうとしている。朝木市議が万引きが発覚し自殺したことは警察の正式発表で明白。創価学会に謀殺の嫌疑をかけるべきではない。万引き隠蔽のアリバイ工作に腐心し、かつ万引き事件は創価学会の謀略などとたわ言を言っていた矢野市議に捜査当局に難癖をつけさせ、そのコメントを元に創価学会攻撃の記事を書くとは、『週刊新潮』はあまりに悪質。


「JAN」第25号  1996年6月27日
創価学会の池田大作名誉会長にレイプされたとする信平信子の「主張」が、『週刊新潮』の「手記」と東京地裁提出の「訴状」とでは、日にち、時刻、場所などの表記に食い違い。「手記」発表後、創価学会側が反論で示した当時の『聖教新聞』の記事、林野庁撮影の航空写真などの存在に動揺し、信平は早くも前言を翻したのだ。6月24日、外国人記者クラブでの記者会見で「訴状」記載の犯行期日がこれまでと違うことをつかれると、信平の弁護士は「メディアに聞いてもらうしかない」と逃げの一手。「手記」と「訴状」の相違は、「メディア」すなわち『週刊新潮』の取材が間抜けだからということのようだが、『週刊新潮』編集部はこれにどう反論するのかな。そこであえて一つ聞きたい。「手記」の最終原稿なりゲラを信平は見たのか見なかったのか。


「JAN」第27号  1996年8月10日
『週刊現代』は昨年九月に東村山市議が転落死した際、「夫と娘が激白! 『明代は創価学会に殺された』」と大々的に報じたが、このたび、遺族らは東京地裁提出の「訴状」の中で、そのようなことを「発言した事実は、一切ない」と断言。となると『週刊現代』は、一大虚報を流したことになる。朝木らがどのようなコメントをしたか、その真実の如何はともかく、いい加減な証言をもとにセンセーショナルな報道をした同誌の元木編集長が窮地に立たされたことは確か。無責任に「謀殺」の嫌疑を創価学会に向け売上げ増を目論んだとがめが、思わぬかたちで現れたのだ。朝木や矢野らは今回、事実に背を向け創価学会に対し謀略的訴訟をおこなってきたが、尻馬に乗るといかなる編集長も落馬することになろう。ご用心!


「JAN」第29号  1996年8月24日
『週刊文春』が恐喝犯・山崎正友の「手記」を掲載。山崎は創価学会側の「偽証」で服役させられたと大ウソを書き、いつもながら“正義の士”を装って、創価学会攻撃のデッチ上げスキャンダルをタレ流している。だが裁判で「偽証」をしたのは他ならぬ山崎。無実を装い“お礼参り”とは、山崎は極悪人。その極悪人に紙面を提供する『週刊文春』は、知性なき低俗週刊誌。


「JAN」第30号  1996年8月27日
山崎は創価学会の「ワナと偽証」により恐喝の冤罪をかぶせられたと言っているが、創価学会を恐喝した時の録音テープは検察より公判に証拠として出されている。日蓮正宗管長を操り創価学会を圧迫した時の山崎自筆の管長宛密書も同様。その他、多数の動かぬ証拠で山崎の有罪は固められている。山崎は自分の声、自分の筆跡などで自縄自縛となり、どうにも言い逃れできなかったのだ。『週刊文春』編集部は、その間の事情を知悉していながら、恐喝犯の“お礼参り”に手を貸している。それでもジャーナリストか。


「JAN」第31号  1996年8月30日
隈部大蔵が『月刊ペン』で書いた池田名誉会長の女性問題は、判決文でことごとく否定されている。この揺るぎない事実を恐喝犯・山崎正友が『週刊文春』誌上でどう蒸し返そうとも、スキャンダルの再生は不可能。山崎は自分の犯した恐喝については冤罪であるとし、隈部有罪の判決は誤判であると言う。つまるところ事の次第を無視して、創価学会が悪、自分は正義と言いたいのだ。だがどう言葉を極めようとも、山崎は悪。『週刊文春』掲載の山崎「手記」は、恐喝犯の“お礼参り”。


「JAN」第32号  1996年9月1日
『月刊ペン』の名誉毀損裁判における山崎の「証言」は、山崎がマージャンをした時の旅館の請求書、高速道路料金の領収証などを検察が証拠提出したことにより崩壊した。裁判ですっかりウソがバレているのに『週刊文春』で池田名誉会長のスキャンダルを山崎が再生しようとしているが、まったくの無駄。『週刊文春』編集部は、恐喝犯・山崎に事実に反することを勝手放題書かせ“お礼参り”をさせるな。


「JAN」第33号  1996年9月5日
恐喝犯・山崎正友が『週刊文春』誌上で紹介している「証言」は、『月刊ペン』の名誉毀損裁判判決で信用できないと判断されたもの。ウサン臭い「証言」を利用し、創価学会や池田大作名誉会長に“お礼参り”とは言語道断。事実に反した「手記」を掲載し特定の宗教団体を攻撃する『週刊文春』編集部は、権力に尻尾を振る宗教弾圧の請負人。


「JAN」第34号  1996年9月10日
かつて月刊『文藝春秋』が創価学会員の各界進出につき「ウイルス」呼ばわりし、いま恐喝犯・山崎正友が『週刊文春』誌上で「細胞」と呼ぶ。創価学会員の“職業選択の自由”を踏みにじる文藝春秋の差別報道は決して許されるべきではない。加えて出獄した服役者にマスメディアが紙面を提供し、思いのままに書かせ告訴人(被害者)への報復をなさせることは、言論の自殺行為である。「手記」の体裁をとるならば、事実に反すること、基本的人権を侵すことを勝手放題に書かせ、報道しても良いというわけではない。

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