第17章 禿 人 遁 走


第578号 1993年1月1日 日蓮正宗自由通信同盟
邪僧日顕に率いられた邪宗日顕宗の邪義を徹底破折しよう
破邪によって日蓮大聖人の正法正義は守られ極悪は滅ぶ
 
第582号 1993年1月9日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕が祝賀会で「C作戦」敗北宣言ともとれる発言をした
脱会者が作れないから今後は未入信者を寺に集めろだとサ
 
第587号 1993年1月14日 日蓮正宗自由通信同盟
今になって「C作戦」を全面否定する日顕の頭は狂っている
この大嘘つきをいつまでも“猊座”に座らせて恥と思わぬか
 
第593号 1993年1月21日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕一族は綱紀自粛を徹底した直後に温泉で豪遊していた
不誠実な日顕のやることは欺きばかり従えば不幸になる
 
第595号 1993年1月25日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕は九月二日に落合を通し加藤の書状を受け取っていた
日顕の正信会復帰工作関与を否定するウソの核心が崩れた
 
第598号 1993年1月31日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕の狂気の命令により大石寺の桜・二百十八本が切られた
総坊の間に累々と並ぶ桜の切り株は虐殺された屍のようだ
 
第599号 1993年2月2日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕は伊豆長岡の旅館で年数千万円を費やし豪遊していた
あわれ金ほどに品はなし娘が泥酔し立て膝で荒れた
 
第605号 1993年2月22日 日蓮正宗自由通信同盟
「お金がないわけじゃない」と“千畳敷”の坊建設を進め
浪費の穴埋めのために窮状に泣く末寺より金をしぼりとる
 
第607号 1993年2月24日 日蓮正宗自由通信同盟
本部幹部会で椎名住職が「芸者写真」を撮った真相を語った
それを同時中継で見た全国六十万人が日顕の大嘘に呆れた
 
第610号 1993年3月3日 日蓮正宗自由通信同盟
追い詰められた日顕が「芸者写真」の首を自分の首と認めた
写真は「合成」でなく袴も自分のもの日顕はやはりウソつき
 
第611号 1993年3月4日 日蓮正宗自由通信同盟
『慧妙』が論理性に欠けた感情的な文で「芸者写真」を報じた
興奮のあまり一カ月前にみずから報じた大嘘を忘れている
 
第614号 1993年3月10日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕は末寺住職に自分の寺のことばかり考えるなと説教し
渉外部長は「芸者写真」の最終責任を信徒の信心に転嫁した
 
第615号 1993年3月11日 日蓮正宗自由通信同盟
創価学会解散を求める国会質問の裏に日顕と龍と段がいた
日顕宗は教義論争から逃げるため国会議員に泣きついた
 
第619号 1993年3月18日 日蓮正宗自由通信同盟
日顕の側近より千畳坊改め広布坊の設計図を極秘入手した
宗内の誰もが今時の三十数億円の浪費に腹を立てている
 
第621号 1993年3月20日 日蓮正宗自由通信同盟
日興上人が追放すべしとされた実相寺院主も桜を切った
院主は日顕同様女を侍らせ魚鳥を食し酒と邪淫を好んだ
 
第624号 1993年3月23日 日蓮正宗自由通信同盟
自前で千畳敷の広布坊を建てるかのように言ってた日顕が
「信心があるなら供養を持ってくるはず……」と言い始めた
 
第638号 1993年4月12日 日蓮正宗自由通信同盟
日露戦争開戦時に日応上人は「御本尊一万幅」を売り出し
「戰勝大1祷會」で真筆御本尊を一般公開し戦費を集めた
 
第639号 1993年4月14日 日蓮正宗自由通信同盟
小笠原は大御本尊の写真を「二円」で「お守り」として売り
日開は御本尊を差別化し「尊号」をオマケにつけ商品とした
 
第643号 1993年4月24日 日蓮正宗自由通信同盟
法華講員の半数近くが供養目当ての来寺を嫌っているのに
売僧根性の日顕は真光寺“親教”を強行し供養を集める
 
第644号 1993年4月25日 日蓮正宗自由通信同盟
恥知らずで嘘つきの日顕は自分の嘘に『地涌』まで利用する
広布坊建設反対署名を最初知ったのは『地涌』を読んでだと
 
第646号 1993年4月28日 日蓮正宗自由通信同盟
仏壇よりベッドを選んだ破仏法者・山崎正友が仮出獄した
カツラをつけず紙箱一つを抱え老いた姿は人生の敗残者だ
 
第647号 1993年5月2日 日蓮正宗自由通信同盟
いよいよ日顕の下半身の名誉が東京地裁で“吟味”される
自ら好んでこの場を提供した日顕はストリーキング坊主か
 
第649号 1993年5月4日 日蓮正宗自由通信同盟
三日で暗転! 訴訟の根拠としていた「発言」は聞き間違い
池田名誉会長に一矢報いようとしたが矢は日顕に刺さった

●トップページ > 第16章 > 第18章