第2章 持 者 能 忍


第50号
1991年2月19日
高橋公純! 押木二郎! 2月24日の結集は大丈夫か
もし集まらなければ御指南をした日顕上人猊下が笑われる


第53号
1991年2月22日
高橋公純のいう「猊下の御指南に応えん」というのは
事実をねじ曲げ信徒を騙すということなのか


第54号
1991年2月23日
法華の持者を禁獄する人・何ぞ現身に悪瘡を感ぜざらんや
頭破七分の誓ひ此の時に非ずんば何の時か果し給ふべき


第56号
1991年2月25日
十数年を経たら同じ出来事が真反対に見える
老醜をさらす龍年光は変節したのか錯乱したのか


号外
1991年2月25日
急報 山崎正友、一両日中に収監決定
   重病を装う手記発表が収監を早めた


第57号
1991年2月26日
蓮葉講発足式に御本尊誹謗の『福田』の編集発行人が登壇
高橋公純はもちろん、参加し黙過した僧侶は重罪である


第58号
1991年2月27日
高橋公純は蓮葉講決起大会で大謗法を隠す偽装工作をした
御本尊の御前で御本尊を欺く工作とはとんだ狂乱坊主だ


第59号
1991年2月28日
いかなる策も仏意仏勅の団体を破壊することはできない
僧侶といえども破和合僧をなせば大罪であり仏罰を受ける


第60号
1991年3月1日
謗法容認の御指南を拒絶し、獄にあっても不屈であった
その牧口、戸田両会長の戦があって広宣流布の時が開けた


第61号
1991年3月2日
学会が神札を受けるように命じたという「通諜」は
牧口、戸田両会長に傷をつけようとする者が偽造した


第62号
1991年3月3日
獄中の牧口常三郎会長は折伏精神をもって尋問に臨んだ
国家神道を破折し立正安国論を引用して仏の法を説いた


第63号
1991年3月4日
戸田城聖会長は獄中にあっても仏道修行に精進して
法華経を読み唱題を重ね大悟を得ることができた


第65号
1991年3月6日
嘘をついてまでして人を批判したがる男がいる
社会病理の一現象と思うが、それにしても病状は重い


第66号
1991年3月7日
親猊下派の僧侶の昂奮は頂点に達し既に狂乱状態となった
だが多くの僧侶は白けて面従腹背を決めこんでいる


第69号
1991年3月10日
「三代会長をささえていけば必ず広宣流布はできる」
この戸田会長の言葉に背き三代会長が敵とは何事か


第70号
1991年3月11日
裏切った龍にしても師弟の劇的な出会いは否定できない
龍・福島の変節対談によって創価学会の史実が確定した


第71号
1991年3月12日
日顕上人に20億円のプールつき豪邸の建築計画あり
権威、権力をカサに着てやはりどこかが狂ってきた


第72号
1991年3月13日
自らの諂曲と謗法を懺悔もしないで殉教の人をあげつらう
日蓮正宗の中枢はとうとう骨の髄まで腐ってしまったのか


第73号
1991年3月14日
血脈と大御本尊を守るためには国家権力に屈服する
この日蓮正宗中枢の考えは大聖人の仏法に反するものだ


第74号
1991年3月15日
出家し懶惰懈怠なるは是仏在世の六師外道なり
客殿焼失の事の本質を見極め懺悔滅罪こそ先決である


第75号
1991年3月16日
やはり地下プールつき20億円の豪邸建築計画はあった
「大石寺出張所」といっているが実は日顕上人の隠居所


第76号
1991年3月17日
『大日蓮』に掲載予告されていた「時局協議会」の記事
突然の掲載中止の理由は宗内の者に対する不信の現れか


第77号
1991年3月18日
昨年12月25日、日顕上人は段に創価学会攻撃を依頼
その密約により日蓮正宗より段への情報提供は続いている


第78号
1991年3月19日
日蓮正宗の中枢は信徒同士を争わせてはならない
役僧は策を弄する前に朝夕の勤行を欠かさずしよう


第84号
1991年3月25日
正本堂の意義づけの変化、法華講の組織の再編など
重大な変化に福島源次郎の猊下に対する影響力を見る

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