第26章 仏 勅 顕 然


 第892号  1995年12月24日

日蓮正宗自由通信同盟

東村山市の女性市議は自殺との東村山署の正式発表により
『週刊現代』『文藝春秋』と乙骨正生の虚報が決定づけられた

 反創価学会活動をおこなってきた東村山市議・朝木明代は、本年九月一日に西武線東村山駅近くの六階建てマンションから午後十時ごろ転落し、二日午前一時ごろ死亡した。この死因について、遺族らは創価学会の謀殺説を公言してきた。もちろんのことながら、この遺族らの主張はまったく事実に反することである。
 『週刊現代』(平成七年九月二十三日号)誌上に長女の朝木直子の、
 「創価学会はオウムと同じ。まず汚名を着せてレッテルを貼り、社会的評価を落とす。そしてその人物が精神的に追い込まれて自殺したようにみせて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」
 さらには、夫の朝木大統の、
 「妻が自殺するはずがありません。創価学会に殺されたんですよ。事件後、私と妻が離婚していたとか、妻が死ぬ前、青白い顔で歩いていたとか、事実でない噂が流されましたが、これも学会の仕業だと思います。妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです。だとすれば、まるでオウムのような犯罪じゃないですか」
 というコメントが出るにおよび、創価学会は名誉毀損の罪にあたるとして九月十二日に『週刊現代』編集長・元木昌彦および朝木大統、朝木直子を警視庁に告訴した。
 だがその後も、月刊誌、週刊誌等によるこの事件にまつわる悪意に満ちた創価学会誹謗記事がつぎつぎと報じられた。しかも、その記事内容は、ほぼ酷似しており、他誌の後追いを嫌うマスコミにしては異常な報道姿勢であった。これらの記事掲載の背後に、相当な政治的背景があるとみても不自然ではない。
 ちなみに、同市議の転落死をあたかも創価学会の謀殺のごとく報じたマスコミは以下のとおり。
 『週刊現代』(平成七年九月二十三日号)
 『同』(同九月三十日号)
 『同』(同十一月二十五日号)
 『週刊ポスト』(同九月二十二日号)
 『同』(同十月十三日号)
 『週刊実話』(同九月二十一日号)
 『文藝春秋』(同十一月号)
 『週刊新潮』(同十月十二日号)
 だが、これらマスメディアによるデマゴギーのタレ流しにも、やっと終止符が打たれる時がきたようだ。十二月二十二日午前、同死亡事件を捜査してきた東村山署は朝木明代の転落は自殺によるものと断定した。東村山署は自殺の根拠として、
 (1)転落現場近くで争う声や不審な目撃情報がないこと。
 (2)市議の着衣に突き落とされた形跡がないこと。
 (3)第一発見者に『大丈夫です』と話し被害を訴える言葉はなかったこと。
 との三点を挙げ、
 「転落について他人が介在した状況はなく、犯罪性はない」
 と断定した。
 もともと死亡直後から遺族や関係者が創価学会謀殺説を言い募ってきたこと自体が常軌を逸したことで、それを一部のマスコミが意図的に囃してきたことは真にもって許しがたいことである。東村山署のこのたびの正式発表は、十二月二十二日付の『朝日』『毎日』『読売』などの夕刊で報道されたが、それとて一部のマスコミによって失墜せしめられた創価学会の名誉を回復するには、あまりに無力であると言わざるを得ない。創価学会に対しここ十数年来、まさにペンの暴力が吹きあれている。
 ここで参考までに、創価学会を貶めようとする売文家が、この事件発生を利用してどのような欺瞞的な文を書いているかを示しておきたい。
 月刊『文藝春秋』(平成七年十一月号)には、乙骨正生の書いた「東村山市議怪死のミステリー  “自殺”に固執する警察捜査にこれだけの疑問―」と題する文が掲載された。筆者の乙骨は、反創価学会の坊主集団である正信会の機関紙『継命』の元編集長である。
 乙骨は、つぎのように書いている。少々、長くなるが引用する。
 「『東村山駅前のビルの上から突き落とされたようです』
 矢野氏の言葉に、私は取るものもとりあえず、東村山に向かった。
 朝木さんが発見されたビル『ロックケープ』は、東村山駅南口ロータリーに隣接する雑居ビルで、一階にハンバーガーショップ、二階に焼肉店が入り、三階から五階まではワンルームマンションとなっている。東村山駅南口からの距離はほぼ四十メートル、南口に隣接している駅前交番からはわずか三十メートルという至近距離にある。
 この『ロックケープ』ビルの五階の住人が、『キャーッ』という女性の叫び声と『ドスン』という音を耳にしたのは、九月一日の午後十時頃。その約五分後、ビルの一階にあるハンバーガーショップの女性アルバイト店員が、ビル裏手のゴミ捨て場に段ボールを捨てに来て、ビルの壁とフェンスの間、幅約六十センチの空間に女性が仰向けに倒れているのを発見する。酔っぱらいかと思ったアルバイト店員は、気味悪くなり、段ボールを捨てるとすぐに店に戻る。
 アルバイト店員の報告を受けた店長が、再び段ボールを捨てに現場に赴いたのは、十時十五分頃(警察発表では十時三十五分頃)。そこで店長は、女性の足から大量の血が流れているのを発見。店員に駅前交番に通報させるとともに、タオルで止血を試みる。この間、店長は女性に対し『大丈夫ですか』と声をかけたところ、女性は、『大丈夫です』と答えている。当初は酔っぱらいかと思っていた店長だったが、フェンスが大きく歪んでいたことから、もしかして落ちたのかと思い、『落ちたんですか』と尋ねたところ、女性は首をふりながら『いいえ』と答えたという。その後、女性は自力でうつぶせになり、苦しみだす。〈中略〉
 救急救命医療が施されるが、二日の午前一時に死亡した。死因は出血性ショック死。複数の肋骨が折れて肺に刺さったのが致命傷となった」(『文藝春秋』平成七年十一月号)
 この文章のあとも、死んだ朝木明代の長女・直子の、
 「乙骨さん、警察は自殺だと言うんです。そんな馬鹿な。母が自殺するなんて絶対にありえません。他殺に決まっています」(同)
 などといったコメントを紹介し、つづけて、生前の朝木明代の周辺に創価学会員のイヤガラセが相次いだということを一方的にかつ執拗に書いている。乙骨の文全体は、創価学会による朝木明代謀殺を強く示唆する内容となっている。でありながら、創価学会による謀殺とは断定せず、名誉毀損罪からは周到に逃げだけは打っている知能犯的な文である。
 ところで、先にこの乙骨の文を長々と引用したのには、理由がある。この文に描写された事件現場の有り様こそ、なによりも朝木が殺されたことを否定するものであると考えるからだ。乙骨の文によれば、朝木明代の発見された、すなわち転落したビル「ロックケープ」は、
 「東村山駅南口ロータリーに隣接する雑居ビル」(同)
 とある。現場に行き確認したところ、まぎれもなく同ビルは、駅前広場から府中街道に抜ける通りの左側にあった。一階にはハンバーガーショップ『モスバーガー』が、二階には焼肉店がテナントとして入っている。このような賑やかな場所で、朝木明代を拉致したというのか、誘い出したというのかは知らぬが、顔の売れたこの市議を殺すことを企てる者がいようか。しかも、駅前交番から現場は、乙骨も書いているように、
 「わずか三十メートルという至近距離にある」(同)
 事件の日、九月一日は金曜日である。給料日直後の“花金”の午後十時ともなれば、西武新宿線、西武国分寺線、西武西武園線の三線が入っている東村山駅にはそれなりの乗降客がいる。参考までに東村山駅に午後九時半ごろから転落したと思われる午後十時をはさんでの約一時間に発着する列車の時刻表を以下に示す。

新宿方面上り      川越方面下り
 21:24       21:25
   :31         :34
   :36         :41
   :45         :47
   :54         :54
 22:00       22:02
   :06         :11
   :12         :17
   :24         :25
   :35         :34
国分寺方面行き     西武園方面行き
 21:30       21:28
   :46         :45
 22:01         :59
   :15       22:14
   :30         :29

 午後十時前後というのに約一時間で三十本、つまり二分に一本の割合で電車が入ってきている。東村山駅には平日約四万人の利用客があり、午後十時ごろも一便あたり数百人が乗降する(東村山駅調べ)。この駅のそばで人に目撃されず殺人をすることは不可能である。このことは、目撃者を避け得ないこの駅のすぐそばを選んで人を計画的に殺すことを企てる者などいないことを示している。
 ところで今回の事件の場合、目撃者はいたのであろうか。朝木明代が不審な者と争っている、あるいは拉致されているのを目撃した者はいない。警察がこのことを自殺と断定する理由の一番目に挙げているのは、まったくもって至当のことである。乙骨は、東村山市まで行き、現場を訪れていながらいったいなにを取材したのであろうか。
 そのうえ、乙骨の文には、十時ごろ、まずアルバイト店員が、転落しビルとフェンスのあいだに横たわる朝木明代を見かけたことが書かれている。もし、朝木明代が何者かにビルの上から突き落とされたのであれば、そのアルバイト店員の足音を聞き必死で助けを求めたはず。だが現実には、朝木明代はアルバイト店員に助けを求めなかった。
 そのあとしばらくして、今度は店長が行って朝木明代に、
 「『大丈夫ですか』と声をかけたところ、女性は、『大丈夫です』」
 と答えたということなのだから、これで他殺説を採ろうとするほうが、どだい無理なことなのである。朝木明代はその後も店長の、
 「落ちたんですか」(同)
 との問いに、
 「いいえ」(同)
 と否定的に答えたということである。乙骨にしてみれば、その否定のゆえに他殺を主張したいのかもしれないが、これだけの会話をしながら、他者に殺されようとした者がそのことを訴えないなどということはありえない。乙骨の文を注意深く読めば読むほど、多くの人々は乙骨の執筆意図に反して、朝木明代の自殺を確信することだろう。
 このたびの警察発表も自殺断定の根拠の一つとして、朝木明代が店長に語ったこれらの発言を挙げている。『文藝春秋』に掲載されたこの乙骨の文は、なにを物語るか。取材する者が悪意をもってことに臨めば、真実は蔽い隠され虚偽がデッチ上げられるということである。
 乙骨ら反創価学会ライターは、黒を白、白を黒と言いくるめる筆法のゆえに、『文藝春秋』編集部などに重宝がられているのである。
 (文中敬称略 筆者)
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