第18章 現 証 歴 然


 第670号  1993年6月16日

日蓮正宗自由通信同盟

宗門は獄中で国家諫暁している牧口会長らを信徒除名とし
不敬罪で逮捕されていた僧侶・藤本蓮城も擯斥処分とした

 昭和十八年六月十六日、日蓮正宗僧侶・藤本蓮城(本名・藤本秀之助)が不敬罪等の容疑で逮捕され、同月二十九日、創価教育学会理事・有村勝次と中野支部長・陣野忠夫が不敬罪、治安維持法違反容疑で逮捕された。さらに七月に入って、六日には牧口常三郎会長、戸田城外理事長(当時)らが同容疑で逮捕された。
 この国家権力による宗教弾圧の魔手におびえた宗門は、長老会議、参議会で対応策を協議した。
 そこでは法義を守るためにどうするかということが話し合われたのではなく、日蓮正宗の僧俗が逮捕されたことにただおびえ、我が身に火の粉がかからぬようにするにはどうしたらよいかが話し合われたのである。
 宗門は、すでに昭和十六年八月二十四日に「日蓮正宗宗務院」名で、「宗内教師」に対し御書全集の刊行を禁ずる院達を出し、同月二十九日には「宗務院教学部長」名で、「教師住職教会主管者宗教結社代表者」宛に御書の削除を通達した。削除された箇所は十四カ所におよび、削除された御書の文のほとんどは、
 「此の日本国の一切衆生のためには釈迦仏は主なり師なり親なり天神七代地神五代人王九十代の神と王すら猶釈迦仏の所従なり何に況や其の神と王との眷属をや」
 「太政入道隠岐の法皇等の亡び給ひしは是れなり此れは其れには似るべくもなし、教主釈尊の御使いなれば天照太神正八幡宮も頭を傾け手を合わせて地に伏し給ふべきことなり」
 などのように国家神道を慮ってのものであった。だが、なかには、
 「日蓮は一閻浮提第一の聖人なり上一人より下万民に至るまで之を軽毀して刀杖を加え流罪に処するが故に梵と釈と日月四天と隣国に仰せ付けて之を逼責するなり」
 という、日蓮大聖人が末法の御本仏としてのお立場を示されたものもあった。
 宗門は、この御書の削除をおこなった時点で、宗祖日蓮大聖人、開祖日興上人に連なる仏弟子としての資格をみずから放擲してしまったといえる。
 そのような宗門であったから、神宮大麻などの「神札」を謗法扱いして焼却してしまう創価教育学会の動向を快く思っていなかった。創価教育学会が謗法払いをつづけることにより、司直の手が宗門におよぶことを危惧したのである。
 そのため、昭和十八年六月に創価教育学会幹部を総本山大石寺に呼び出し、二上人立ち会いの下、庶務部長・渡辺慈海より「神札」を受けるよう正式に申し渡したのであった。
 ところが創価教育学会の牧口会長は、宗門の指示を断固として受けつけなかった。理由は、日蓮大聖人の法義に違背するからである。
 日興上人の御遺誡置文に曰く。
 「時の貫首為りと雖も仏法に相違して己義を構えば之を用う可からざる事」
 だが、宗門は、日蓮大聖人の教えを守り、断固として謗法を受けつけない正信の信徒である創価教育学会の牧口会長、戸田理事長らに対し、「登山止め」の処分をもって報いた。宗門は法義を曲げ、それにしたがわない者に宗政上の権力を行使し、処罰したのである。
 その処罰を下した直後、創価教育学会幹部の逮捕が相次いだのであるが、官憲の弾圧に恐怖する宗門は、「登山止め」の処分だけでは処分が弱く、司直の手が宗門におよぶ可能性があると判断し、さらに創価教育学会に対し、処分の追い打ちをかけた。
 驚くべきことに、牧口常三郎会長、戸田理事長をはじめとする創価教育学会幹部たちを信徒除名にしたのであった。
 また、日蓮正宗僧侶中ただ一人、逮捕拘留されていた藤本蓮城に対しては、一宗擯斥処分に付し宗門より追放してしまった。藤本は昭和十九年一月十日、長野刑務所で獄死している。
 本来ならば、殉教した藤本を宗門としては宣揚したいところであろうが、擯斥処分にした拭いようもない負い目があるため、宣揚したくとも宣揚のしようがないのである。
 宗門は、この藤本に対して正式な謝罪も名誉回復もせず、うやむやのうちに僧籍を死後回復し、「日護」という戒名をつけてお茶を濁している。
 宗門は牧口会長らを信徒除名に付しただけではなかった。処分してもまだ安心できず、獄にある人々の退転まで企てたのである。
 牧口会長らが、獄中で日蓮大聖人の教法にしたがい主張をつづければ、難がみずからにおよぶと恐れ、わざわざ東京・目白にあった牧口会長の留守宅に庶務部長・渡辺慈海と佐野慈廣を使者として送り、家族に次のように伝えた。
 「取り調べに対し教説に固執しいつまでも頑張らないで、捜査当局の意見に伏して早く帰してもらうよう、牧口会長に話してくれ」
 だが、この宗門の伝言を聞いた獄中の牧口会長は、「断固として真実を言わなければ、国が滅ぶ」と答えたということである。
 牧口会長は獄中にあって、検事の「法華經の眞理から見れば日本國家も濁惡末法の社*會なりや」(『特高月報』昭和十八年八月分所収「創価教育学会々長牧口常三郎に対する訊問調書抜萃」より)との尋問に対して、次のように答えている。
 「釋尊*の入滅後の一千年間を正法時代其後の一千年間を像法時代と稱し、此の正法像法の二千年後は所謂末法の時代で法華經が衰へ捨てられた濁惡雑亂の社*會相であります。
 此の末法の社*會相は全世界は勿論日本國に於ても同樣の事でありまして、斯る状態は法華經に豫言せられてある通であります。
 事實日本に於ても斯る濁惡の末法社*會が現はれて居ります事は、史實の證明する所でありまして、七百年前に日蓮聖人が上行菩薩の再誕として東の島國日本に出現せられましたのも島國日本は法華經弘通の中心でありながら謗法國の最たるものとして國家國民を折伏教化に努められた結果、凡有迫害壓迫を蒙むられて居るのであります。〈此の時押證第七號日蓮聖人御遺文を提示す。〉
 此の御遺文の最初に立正安國論があります。其の五頁の終り頃から六頁に亘つて
 若し國王有つて無量世に於て施、戒、慧、を修すとも我が法の滅せんを見て捨てゝ擁護せずんば是の如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其國に當に三つの不祥の事有るべし、一には穀貴、二には兵革、三には疫病なり、一切の善神*悉く之を捨離せば其の王教令すとも人隨從せじ常に隣國の爲に侵にょう*せられ暴火横に起りて惡風雨多く暴水増長して人民を吹漂せば内外の親戚其れ共に謀叛せん、其王久しからずして當に重病に遇ふべし壽終るの後大地獄の中に生ぜん乃至王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡守・宰官も亦復是の如くならんと書示してありまして、例へば國王 陛下が法華經の信行をなさいましても此の法が國内から滅亡するのを見捨て置いたならば、軈て國には内亂・革命・饑饉・疫病等の災禍が起きて滅亡するに至るであらうと仰せられてあります。
 斯樣な事實は過去の歴史に依つても、夫れに近い國難が到來して居ります。現在の日支事變や大東亞戰争等にしても其の原因は矢張り謗法國である處から起きて居ると思ひます。
 故に上は 陛下より下國民に至る迄總てが久遠の本佛たる曼荼羅に帰依し、所謂一天四海帰妙法の國家社*會が具現すれば、戰争饑饉疫病等の天災地變より免れ得るのみならず、日常に於ける各人の生活も極めて安穩な幸福が到來するのでありまして之れが究極の希望であります」(同)
 まさに牧口会長は、獄中にあって死を賭して国家諫暁をしたのであった。牧口会長は昭和十九年十一月十八日、巣鴨拘置所において獄死した。
 この牧口会長を信徒除名にした宗門に、日蓮大聖人の弟子を名乗る資格はない。
 日蓮大聖人曰く。
 「日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず」(教行証御書)
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