先号につづき、総本山大石寺でおこなわれた10・17猿芝居(日蓮正宗全国教師代表者会議)における発言者六名の言説を斬る。
四番目の発言者は、梅屋誠岳(神奈川県・寿照寺)。
梅屋は発言の冒頭に、創価学会は法人設立時の三原則をはずしていると言っているが、これについては二番目に発現した石橋頂道(東京都青梅市・慈本寺)のとき、創価学会が三原則をはずしていないと論駁した(『地涌』第294号参照)ので、ここでは重ねての反論は避ける。
次に梅屋は、五十二年路線に触れ、その後の収束の経過を述べている。これについては、どうしても必要なときが来れば、真実を書くこともあるかもしれないという程度の表現にとどめる。これ以上、宗門の威信を低下させることもないからだ。
「現代の提婆達多」を自称していた山崎の書いた「ある信者からの手紙」以降、山崎の指南のままに暴走した悪侶たちの歴史。その表に出ている事実だけで充分だと思う。
日蓮正宗の今日的問題はただ一つ、日顕の破和合僧と謗法を糾すことだ。
梅屋の発言の中で目ぼしいものといえば、以下に掲げるところくらいのものである。
「今日にいたる宗務当局の数々の慈悲あふれるその教導、これをまったく受け入れずに、総監様の先ほどのお話にもございましたが、本来宗門を護るべき団体が、今は宗門破壊の団体と化してしまっておるのが現今の創価学会の姿でございます。
今日のごとき、こう何か膠着状態のような、このままが続きますと、本当に清らかな信心を求めておる多くの学会員の人たちが、嘘と捏造で固められた、手段を選ばない彼らの宗門悪しの洗脳教育によって洗脳し尽くされていく、これが実感として感ずるのでございます」
梅屋は、現在の状況のまま時が推移することは、宗門側にとって不利と判断しているのだ。日顕の「8・29暴言テープ」と「禅寺墓問題」で、いわば宗門側は本丸に火がついてしまった。
あわてた城の者たちは、手勢の少ないのも忘れ、大手門を開けて決戦を挑もうとしている。仏子らは、手負いとなった狂乱の城兵たちと白兵戦をする必要はない。
寄せてくれば引き、退けば追う。当方は一兵も犠牲にすることなく勝てる。そのうち宗門は四分五裂となり、日顕は自滅する。
梅屋の発言に見られるように、戦う前から危機意識を持っている軍勢である。展望があって戦うのではなく、展望がないから戦いの火ぶたを切るというのだ。まるで自殺行為である。これもまた、長い目で見れば、宗門の自浄作用の一つかもしれない。
ここまで書いても、日顕は創価学会に対して強硬措置をとる。六十八歳になっても、みずからの瞋りをコントロールできないのだ。「C作戦」が、「自分の首をカットすることだ」と気づくまでに、そう時間はかからないだろう。日顕は瞋恚の故に身を滅ぼすのである。
さて、10・17猿芝居の五番目の馴れ合い発言者は、花野充道(兵庫県・浄福寺)であった。
花野という者が、いまだに日蓮正宗の僧侶をやっているとは信じられない。そもそもが正信会の急先鋒だった者である。すんでのところでUターンして、宗門側に残った。昭和五十五年九月には、正信会の檀徒大会に出席した罪を問われ、「停権二年」の処分を受けている。
昭和五十六年七月には、八丈島の無上寺住職として赴任し、昭和五十八年十二月に、現在の兵庫県・浄福寺住職となった。昭和五十五年九月に檀徒大会に出席し、「停権二年」の処分を受けていながら、昭和五十八年六月には「宗会議員」になっている。上昇志向の男である。
花野は、日頃話していることと、自分の行動原理とが違う。とどのつまり、大事な判断を迫られる瀬戸際に立つと、我が身かわいさで変身してしまうのだ。
花野の場合は、変節漢という名にも値しない。変節したという場合は、ある程度の節を維持する期間が必要である。
花野はただ、生き残り偉くなろうと、周りの色の変化につれて変色しているだけのこと。カメレオンである。
花野は、10・17猿芝居において、次のように話している。
「そういう、今のこういう非常にわかりにくい膠着した状態の中で、徹底的に御法主上人猊下をはじめ、宗門の悪口を次から次から探して言っております。
そのうちに学会の人は、ほとんどいやになって、『学会もいやだけれども、宗門もなんか信じられない』というような人が、これからだんだんだんだん増えてくると私は憂慮するわけでございます。
したがいまして、考えられることは御本尊様下附停止、あるいは登山停止、あるいは講中、創価学会解散勧告、あるいは名誉会長、秋谷会長、森田理事長の破門等を含めて、でき得ることを何らかの形ではっきりと示していただきたい」
花野は、現状のままでは檀徒づくりができないので、「御本尊様下附停止」「登山停止」「講中、創価学会解散勧告」「破門」をしろと言っているのだ。
花野は、『新慧燈』というブランケット版四ページの新聞を出している。平成三年五月二十二日発行の『新慧燈』の号外第一号は、「このまま僧俗対立が続けば、いつの日か、創価学会は日蓮正宗から破門されてしまいます。どうにかして、僧俗和合ができないでしょうか」と、四段抜きの大見出しを第一面に掲げている。花野は、その『新慧燈』の末尾を次のように締めくくっている。
「このように宗門と学会の抗争は、ますます陰険な形でエスカレートし、いつの日か、破門によって一応の終焉(しゅうえん)を迎える可能性が濃厚になってきました。本当の意味で創価学会を愛し、広宣流布のために真剣に僧俗和合を模索している、良識ある学会員の人達と、建設的な討議を重ねて、最悪の事態を何とか回避できないものかと、呻吟(しんぎん)している毎日です」
花野がこのように書いたのは、「平成三年五月十三日」であることが、文末に記されている。その花野が、号外第一号を出した日とまったく同じ日付、すなわち平成三年五月二十二日に、『新慧燈』号外第二号を出している。
この号外第二号の第一面の見出しもまた、四段抜きとなっている。今度は、「あなたは日蓮正宗の信徒ですか、それとも池田教の信徒ですか。池田教の信徒については再折伏を開始します」として、檀徒づくりを前面に出している。号外第一号では、「僧俗和合ができないでしょうか」と持ちかけ、号外第二号では「再折伏を開始します」とヌケヌケと言う。これが花野の卑劣さを示している。
花野は『新慧燈』号外第二号の最後を、次のように締めくくっている。
「私は日蓮正宗の僧侶とし、去年までは、創価学会と僧俗和合していくことが日蓮正宗の広宣流布の道であると考えていましたが、これからは池田教の信徒を折伏し、本当の日蓮正宗の信徒を育成していくことによって、もう一度、一から日蓮正宗の広宣流布のやり直しをしていく決意を、ここに宣言し、擱筆(かくひつ)させて戴きます」
創価学会を切り崩して、「本当の日蓮正宗の信徒を育成していく」と明言している。文末に、この文を書いた年月日が記されている。やはり「平成三年五月十三日」である。『新慧燈』号外第一号の最後の締めくくりに、「最悪の事態を何とか回避できないものかと、呻吟している毎日です」と書いた同じ日に、花野は檀徒づくりを決意表明した文を書いているのだ。
花野にとっては、文章は創価学会員を欺くための詐術の一つにすぎないらしい。丁重な表現と謙虚そうな言いまわし、それでいて信徒を盗むことしか考えていない。
花野ほど、信徒を心の底でバカにしている男はいないのではあるまいか。宗開両祖の末流に、どうしてこれほど薄汚い心の持ち主がいるのかと、不思議に思えるほどの男である。涅槃経に記された「末世の悪比丘」とは、この男のことである。
「我れ涅槃の後・無量百歳・四道の聖人悉く復た涅槃せん、正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし、持律に似像して少く経を読誦し飲食を貪嗜して其の身を長養し袈裟を著すと雖も猶猟師の細めに視て徐に行くが如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外には賢善を現し内には貪嫉を懐く唖法を受けたる婆羅門等の如し、実には沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」
【通解】仏が入滅ののち、正法時代を過ぎて、像法の中において出家の比丘があり、戒律を持つに似て、わずかばかり経文を読誦し、飲食をむさぼり、その身を長養している。袈裟を着ているとはいえ、布施をねらうさまは猟師が獲物を狙って細目に見ながら、静かに近づいていくがごとく、猫が鼠を狙っているようなものである。しかも常に自分は阿羅漢果を得たと言っているだろう。外には賢善の姿をあらわし、内心にはむさぼり、妬みをいだき、法門のことについては、唖法の修行を積んだ波羅門尊者のごとく黙りこくっている。実際には出家の仏弟子ではないのに、僧侶の姿をして邪見が強盛で正法を誹謗するであろう。
花野に創価学会の処分を口にできる資格があろうか。花野は、正信会運動の中核として画策したとき、多くの者を脱会させ、あげくは退転させた。退転させた以上の人々を折伏し、入信させてから、ものを言うべきだろう。
カメレオンのように色を変えて、静かに徘徊しながらも、目だけは欲望にみなぎり、丸々と開かれキョトキョトと動く。そして突如として思わぬ長い舌を出して獲物をかすめ取る。みずからに危険が及ぶと、色をあたりに紛らし、時の経過を待つ。それでいながら、ジリジリと上部へ上部へと幹を這い、枝を伝い移動するのだ。
花野充道とは、珍奇な人間である。目先を見て変幻しながら生きてきた者に、仏子を処分できようか。創価学会員らは、御本仏日蓮大聖人の仰せのままに、長年にわたり、昼夜怠りなく大法弘通に勤しんできた尊い仏弟子たちである。
10・17猿芝居において、馴れ合った発言の六番手として登場したのは、水島公正(埼玉県・能安寺)であった。
水島は、宗制宗規にのっとり、創価学会を処分せよと発言している。池田大作創価学会名誉会長、秋谷栄之助創価学会会長、森田一哉創価学会理事長(代表役員)の処分を主張している。だが水島は、その処分内容には一切触れていない。水島の政治的感覚によるものと判断される。
だが、発言者としてこの場に引き出されたことが、すでに政治的には負けである。水島に連なる者たちのガス抜き役をさせられ、与党としての一歩を踏み出さされたのだ。宗門中枢にうまく使われたといえる。
さて、総括するに、10・17猿芝居をもって、創価学会を処分することを正当化できなかった。日顕ら日蓮正宗中枢は、この全国教師代表者会議を爆発的な雰囲気の中で開催し、創価学会処分の“出陣式”として位置づけたかったことだろう。
だが現実は、そのようには運ばなかった。拍手はお義理程度のものであったし、ひな壇の役僧たちは、全神経を注いで参加者一人ひとりの顔色をうかがい、心の底を推し測っていたようだった。
とてもではないが、壇上の役僧たちと参加者である教師たちとの間に、一体感などなかった。両者はそれぞれの立場から、お互いを観察していただけだ。
この10・17猿芝居は、宗門のかかえる矛盾を表出させてしまったようだ。あまりに宗内の僧侶をバカにした会合の引きまわしに、反発が強まったようである。
すでに、全国で何名かの署名捺印拒否をした僧侶が出たことが伝えられている。だが、現実のところ、日顕ら日蓮正宗中枢のやり方に反発している僧侶は、すでに過半数を超えているものと思われる。日顕らは、時とともにかならずや自壊する。
10・17猿芝居のどこかシラけた雰囲気が、それを示唆している。
