日蓮正宗総監・藤本日潤が、九月十三日の「御講」終了後に、地元創価学会幹部と話し合いをした。その際、日蓮正宗能化七名による創価学会側への回答書(以下「能化文書」と称する)を否定する発言をしていたことが判明した。
東京・墨田区の創価学会幹部は、「能化文書」の、「本宗の根本は、戒壇の大御本尊と唯授一人血脈付法の御法主上人であります。具体的には、御法主上人の御指南に随従し、御本尊受持の信行に励むことが肝要です。なぜならば、唯授一人の血脈の当処は、戒壇の大御本尊と不二の尊体にましますからであります。したがって、この根本の二つに対する信心は、絶対でなければなりません」(『大日蓮』九月号)というくだりについて、総監・藤本日潤の見解を求めた。
それに対して総監・藤本は要旨、次のように答えた。
「日蓮正宗は、今も昔も法主本仏論など言ってない。(能化)文書の中にある『戒壇の大御本尊と不二の尊体』『この根本の二つに対する信心は、絶対でなければならない』は、法主本仏論を示すものではない」
総監・藤本は詭弁を弄している。「能化文書」の言うように、「唯授一人の血脈の当処」が「戒壇の大御本尊」と「不二の尊体」であれば、論理的帰結として、代々の御法主上人と戒壇の大御本尊が「不二」だということになる。
戒壇の大御本尊と「不二」の法主が、総監・藤本の言うように本仏でなければ、戒壇の大御本尊もまた同様ということになってしまう。総監・藤本の弁は、論理的に完全に破綻しているのだ。
総監・藤本は先の弁につづき、次のことを強調した。
「歴代の猊下は大聖人ではない」(要旨)
「猊下は絶対ではない」(要旨)
いまの日蓮正宗中枢としては、なかなかに勇気のある正直な発言である。総監・藤本は、その教義解釈を宗内に徹底すると同時に、みずからもそれに基づき宗政に携わる必要があるだろう。
このごく当たり前のことを、いまの宗門は見失ってしまっているのだ。やみくもに猊下の権威をふりかざし、信徒に平伏することを強いる僧ばかりである。
それにしてもこの発言は、総監みずからが、「能化文書」の先に引用した箇所を否定したことになる。しかもその箇所は、現在、日蓮正宗と創価学会との間に起きている教義解釈の根本的な問題点である。
猊下が絶対的なものでなく、相対的なものと見るならば、猊下が過ちを犯すことも、総監・藤本の考え方の中で充分に納得できるはずだ。現に日顕上人は、数限りない過ちを犯している。
「猊下は絶対ではない」と総監みずから認めたのだから、今後、日蓮正宗宗務院は、「猊下に信伏随従することが信心だ」などとは“絶対”に言わないでもらいたい。それとも総監・藤本は、日顕上人同様、両舌(二枚舌)を用いるつもりだろうか。
かつて総監・藤本が、創価学会側に「総監は以前、猊下は『C作戦』を知らないと言っていたが、実際は知っていたではないか」と追及されたとき、激したあまり「(『C作戦』を)知っていることと、やることは違うんだ」と、語るに落ちる返事をしたことがあった。
この九月十三日の話し合いのとき、創価学会側よりこの発言を追及され、「『C作戦』を知っているというのは昨年(平成二年)の七〜八月を指すのではない。昨年の十二月以降の意味だ。もし『C作戦』を知ったときが昨年夏というふうに間違えて受けとめられたのであれば訂正する」と、これまた苦しい釈明をおこなった。
この総監・藤本の発言もまた語るに落ちる内容だ。「昨年(平成二年)の十二月以降に知った」とは、これまた重大発言である。「(平成三年)一月以降」ではなく、「十二月以降」という言葉を使ったことに重大な意味がある。総監・藤本は、「いつ」「どこで」「C作戦」を知ったのだろうか。「C作戦」が公になったのは、『週刊朝日』(平成三年一月二十五日号)の報道が最初である。
「このC作戦を起案したグループの中心人物の一人は、知人に出した私信の中で、
『C作戦中止のために裏切らざるをえなかった人々のことを思い、ホテルで泣きました』
と書いている。もっとも、実行されていたら、いま程度の騒ぎではすまなかったろう。現に、
『地獄絵図が繰り広げられていただろう』
とも書かれていた」(『週刊朝日』平成三年一月二十五日号より一部引用)
この『週刊朝日』が発売されたのが、(平成三年)一月十八日である。この『週刊朝日』の記事は、当時、日蓮正宗海外部書記だった福田毅道が、創価学会側に「宣戦布告」のFAX文書を一月二日に送ったが、その中に記述された「C作戦」にかかわる文を参考に記述したものだ。
本紙『地涌』が「C作戦」の真相を公表したのは、一月十五日(第15号)である。本紙編集部は、日蓮正宗と創価学会とが「修復しがたい関係」となることを懸念して、事実をつかんでいながら、その公表を差し控えていたのだ。
総監・藤本の話した、「十二月以降」とは具体的に「いつ」であろうか。「十二月以降」とは、「昨年十二月より今日まで」といった回答では誰も納得しない。
「(『C作戦』を)知っていることと、やることは違うんだ」と総監・藤本が発言した経緯からしても、「C作戦」が断行された十二月二十七日(池田総講頭解任)以前には、すでに総監・藤本は「C作戦」を知っていたと思われるのだ。
総監・藤本としては、「『C作戦』はたしかに知ってはいたが、我々は実行していない。池田総講頭解任は、単に規約改正によるものだ」と主張したかったのではあるまいか。
「御講」終了後の創価学会幹部との話し合いの中で、妙観講(指導教師・理境坊小川只道)が話題にのぼった。このとき、総監・藤本は、「妙観講に行き過ぎがあれば注意する」と約束した。
今後、全国的に妙観講に行き過ぎがあった場合は、直接、総監・藤本日潤に連絡をとるのが賢明といえよう。妙観講が「猊下は絶対だ」と言えば、東京・墨田区の常泉寺に行くように話そう。
日蓮正宗中枢と法華講とでは、教義の上で不一致があるようだ。
