第5章 綺 語 誑 惑


 第199号     1991年7月18日

日顕上人は『大日蓮』の大失敗にも責任を問えなかった
その裏には早瀬一族に対する遠慮があったと見るべきだ

 『大日蓮』七月号が来た。編集兼発行人は、やはり早瀬義純(東京・板橋区妙國寺住職)であった。
 『大日蓮』六月号に掲載されていた、内田和子なる人物による「創価学会における御宗門批判のキャンペーンについて」という創価学会批判は、論旨が支離滅裂のうえに、虚偽の内容まで書いていた。編集兼発行人は当然、引責辞任と思われたが、身内に甘い出家の本領そのままに、早瀬義純は編集兼発行人のポストに居すわりつづけていた。
 ここでもう一度、内田和子による最低最悪の創価学会批判の概略を紹介しておく。
 まずこの文は、二つの命題から成立している。一つは「猊下様が現代における大聖人様」、もう一つは「創価学会は邪宗教」という命題である。
 だが、日顕上人が長年にわたり創価学会の御供養を受けてきた現実がある。内田の主張のように、かりに「創価学会は邪宗教」なら、日顕上人は邪宗教から供養を受けたことになり、「猊下は現代における大聖人様」であるなどといった論は成り立たない。したがって内田の論は感情論にすぎない(本紙第172号詳述)。
 内田の論は、論の骨子からして支離滅裂のうえに、悪口雑言をくり返すのみであった。しかも、まったくデタラメの記述もあった。正本堂の御供養の金額について大ウソを書いていたのだ(本紙第173号詳述)。
 よくもまあ、このような悪質かつ低レベルの文を掲載したものである。『大日蓮』編集室に対する責任追及が、日蓮正宗内部より起こることは必定と予想した。だが実際のところ、編集兼発行人の早瀬義純は引責しなかった。
 しかしよく見ると、同『大日蓮』七月号の七十一ページに「謹告」という一文が掲載されていた。内田和子の文についての訂正文である。「創価学会より、事実と相違するとの指摘を受け、寄稿者の申出にもとづき、訂正いたします」と、訂正に至った経過を述べている。
 全文は次のとおり。

           謹   告
 本誌六月号に掲載した内田和子氏の『創価学会における御宗門批判のキャンペーンについて』の論稿中、次の二点に対して、創価学会より、事実と相違するとの指摘を受け、寄稿者の申出にもとづき、訂正いたします。
 (1)同論稿中、「正本堂建立の御供養金、約三百五十億を集めたのでございます(内訳は御宗門が約百五十億、創価学会が約二百億。)」との記載について、「昭和四十年十月に実施された正本堂建立御供養は、総額約三五五億三六〇〇万円であり、その内訳は、創価学会員が約三五〇億六四三〇万円、僧侶及び寺族が約一億五七八七万円、法華講員が約三億一三八二万円であった」こと。
 (2)また、同論稿中、「右御供養金約三百五十億は即刻奉納されたのではなく、正本堂が建立した昭和四十七年まで三菱銀行等に預金されたのでございますから、右御供養金約三百五十億を元金とする複利約二百億をも新たに得たのでございます。」との記載について、「正本堂が無事完成した昭和四十七年十月、すべての収支決算と事業報告を明確にしたうえ、正本堂並びに関連記念事業(一部継続中)とあわせ、御供養金の運用利息も含め残額全部を大石寺に御供養している」こと。
 右のとおり訂正するとともに、御迷惑をおかけした関係各位に対し、謹んでおわびいたします。
            大日蓮編集室

 この「謹告」を読んで思うのは、これほどの間違いが『大日蓮』編集室による校閲の段階でどうして発見されなかったのかということである。
 正本堂建立の御供養の総額およそ三百五十五億円のうち三百五十億円が創価学会員によるものであるとの事実を、二百億円に減額して記述し、そのうえで御供養の金利分「約二百億円」(これも間違い。実際はおよそ百三十億円)を、あたかも創価学会側が懐にしたかのような記述をしていたわけだが、実に悪質きわまりない虚偽報道である。
 ことは、戒壇の大御本尊様を御安置申し上げる正本堂の御供養についてである。正本堂についてこれだけのウソを並べたてた文を掲載しても、なにも責任を問われない『大日蓮』編集室とはいったいなんなのか。その編集兼発行人の早瀬義純とは何者なのか。
 早瀬義純は、日蓮正宗重役の要職にある早瀬日慈(東京・豊島区法道院主管)の四男である。ちなみに庶務部長の早瀬義寛(東京・新宿区大願寺住職)は長男、宗会議長の早瀬義雄(大阪・妙栄寺住職)は次男である。
 現在の阿部体制は、阿部系と早瀬系の血族及び法類のもたれあい関係によって成立している。次、あるいは次の次の法主は早瀬系から出るとの密約があるとも噂されている。
 阿部系の総帥である日顕上人は、いま早瀬系と疎遠になれば宗内で少数派となり、孤立をまぬかれ得ない。ために日顕上人は、創価学会に謝罪しなければならなかった『大日蓮』のぶざまな不始末にもかかわらず、編集兼発行人の早瀬義純を引責辞任あるいは処分することができなかったようだ。
 創価学会との論争中に、学会に公的に謝罪しなければならないほどの不始末をした者が不問に付されたことは、今後、宗内に微妙な波紋を投げかけるだろう。
 日顕上人は法義第一のような発言をしているが、宗内での覇権を維持することが第一なのである。それは、早瀬一族とりわけ早瀬重役の顔色をうかがい、早瀬義純の責を問えなかった今回の一件に如実にあらわれている。
 このことは、日顕上人の強気の発言とは裏腹に、その支持基盤が実際のところは弱いことを示している。それが一番よくわかっているのは、ほかならぬ日顕上人である。
 宗内が感情論に支配され、創価学会との主戦論が声高に叫ばれている現在、日顕上人のやり方に表だって非を唱える者はいない。
 しかし、時の経過は法主の暴走をいつまでも許すものではない。そのとき早瀬系が、阿部系との繋がりに見切りをつけるのか、それとも日顕上人の短慮にどこまでも従い、一族の没落を招くのか、実に興味のあるところだ。
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