日蓮正宗の僧侶たちがいかに折伏精神を失っているかをまざまざと見せつけたルポルタージュが、月刊誌『潮』六月号に掲載されている。作家の高橋光子が、総本山大石寺のお膝元である富士宮市半野地区の現状を報じた、「広宣流布した『檀徒の村』のアイロニー」と題するレポートがそれだ。以下、この高橋ルポの内容をかいつまんで紹介してみたい。
この半野地区には、江戸時代に日蓮正宗の妙経寺があり、幕府の宗教政策によって村全体が妙経寺の檀徒となった。現在は百五十世帯四百人弱の住民がいるが、引っ越してきた五軒以外はすべて、日蓮正宗総本山の塔中坊である了性坊、理境坊、南之坊の檀徒である。
高橋ルポはこの村の謗法のありさまを克明に報告している。
かつて妙経寺のあったところは、妙経寺移転の後に大石寺が「御影堂」を建てたが、いまは金毘羅神社になっている。金毘羅神社の中には、「向かって右から板曼荼羅をご安置したお厨子、日蓮大聖人の御影をご安置したお厨子、真ん中が社造りの小さな神社でそれが金毘羅さんだろう。そして左端のお厨子は戸が閉まっているが、なかに板曼荼羅がご安置してあるという」(同ルポ)
御厨子の中には、総本山大石寺第二十世日典上人と第五十一世日英上人の板曼荼羅が安置されているということだ。
そしてこの「御影堂」の正面入り口にはしめなわが張ってある。また、毎年九月九日にはここで秋祭りがおこなわれる。
この村には、「文殊堂」という三坪程度の小さな神社のような建物があるが、ここには大石寺第六十二世日恭上人の板曼荼羅が安置されており、八月の祭りのときは、この板曼荼羅の前に文殊菩薩の絵像を紐でひっかけて拝む。この堂の正面にもしめなわがかけられ、賽銭箱もある。
また塔中坊の檀徒の家では、随所に稲荷大明神、水子地蔵、地の神、金山彦神、天神などが祀られている。
同ルポは、広宣流布されたはずの村の謗法のありさまを、このように詳細に綴っている。
では、大石寺の僧侶たちはこうした現状にどう対処しているのだろうか。意外なことに、法事で檀徒の家を訪れてもほとんどの僧は黙視を決め込んでいる。
「若い僧侶で破折する人もいたにはいたが、
『創価学会みたいなことをいうなヨ』とか、
『そんなメンドくせえこというんなら、大石寺のほうをやめるでぇ』
『浅間神社だって古くからの付き合いだで、そんな不義理はできねぇでぇ』
といわれ、結局、見て見ぬふりをして帰っていくのだ」(同ルポ)
この謗法を黙視する姿勢は何に由来するのだろうか。同ルポが伝える、塔中坊 総代の次の言葉が、僧侶と檀徒の関係をよく示している。
「『〈大石寺の木鐘をたたくカンカンという音が聞こえる範囲の人たちは、勤行なんかしなくても成仏できる〉という話を聞いたことがある。だから、勤行なんかしませんよ、この辺の人は』」
また別の法華講の人は次のようにも言っている。
「創価学会が出てくるずっと以前から、法華講は大石寺を守ってきた。じいさん、ばあさん、それ以前から、物のないときにイモやら米を持って行って、また、正月には餅をついて届けたり、大石寺の坊さんはわれわれが養ってきたんだ」
昔から塔中坊に所属するこうした檀家を「根檀家」というそうである。この根檀家の人たちは、今でも御供養のことを「つけ届け」と呼んでいる。十二の塔中坊の総代は世襲制で、勤行ができない人もいれば御授戒を受けていない人もいる。高橋ルポは檀家の信仰的堕落ぶりをこと細かに記しているが、それは一方で僧侶のだらしなさ、信心のなさの投影でもある。
同ルポはもっと驚くべきことを報告している。
「日頃は根檀家の人たちは、自分の属している塔中坊に『つけ届け』するが、年に何度か『奉 供養』と表書きして供養すると、この分は坊には入らないで、直接猊下のところへ行く。
すると猊下から『受け書』が届き、お礼として御本尊が届けられるのだ。
『だから一家で十体も十五体も御本尊がある家もありますよ。それも歴代猊下の顕わされた御本尊です』」
それでは根檀家の人は、いただいた御本尊様をどのように扱っているのだろうか。高橋ルポは根檀家の人の次のような言葉を紹介している。
「一家に何体もある御本尊は、娘が嫁にいくとき何体か持たせてやったり、生活が苦しくなると借金のカタにくれてやったりした」
「なぁーに、三十万円も出しゃぁご前様は、いつでも板曼荼羅くらい書いてくれるよ。オレの知っている奴だって、ついこの間、板曼荼羅を書いてもらったばっかりだよ」
この高橋光子のルポは、日蓮正宗の総本山大石寺の信心の濁りを、広宣流布されたはずの村人の信仰の堕落ぶりを通して描いている。
このルポを通してわかったのは、言葉とは裏腹に、日蓮正宗の僧侶に折伏精神がまったく欠如していること。文句を言わないで供養(金)を出す檀徒にはいつでもナアナアで済ませる体質のあることだ。
つまり創価学会員にうるさく言うのは、根檀家のようにナアナアで金を出さないからである。うるさく言わないと権威が保てないから、うるさく言っているのであって、別に教義にこだわっているのではないのだ。
日顕上人は昨年十二月二十五日の段勲らとの謀議にあたり、「(創価学会員)二百万人のうち二十万人も来ればよい」と、創価学会切り崩しの腹づもりを述べているが、信徒の成仏よりも自分たちが食っていくことを優先した発言であることがわかる。
昨年(平成二年)の開創七百年の法華講の御供養が、三十億〜四十億円ともいわれており、このことが創価学会をカットする「C作戦」を実行に移させる資金的裏づけを日顕上人に与えたと伝えられている。総本山大石寺の地元のルポは、この状況分析があながち現実とかけ離れたものでないことを示しているように思える。
日顕上人は、子供のころの郷愁のままに、大石寺を昔日の上野村の寺に戻そうとしているようだ。創価学会にうるさいことを言われるぐらいなら、広宣流布を忘れ謗法に埋もれているほうがよいと考えているのではあるまいか。
