五月十日午前十時から午後二時まで、総本山において支院長会議が開かれた。前回四月十九日の支院長会議の詳細を本紙『地涌』ですっぱ抜かれたのに懲りてか、今回は出席者を教区代表一名とし、支院長のいるところは副支院長も入れないという厳戒ぶりであった。
これまではテープをとることも許されてきたのに、今回はテープもとらせない、書類も回収という異常なまでの神経の使いようである。
日顕上人は、去る一月十日の全国教師指導会において、
「会合においてですね、テープを何のために、あのー、テープレコーダーも持ち込みを禁止する必要がある、なぜあるか。この前からもそうだけれども、昔からそうですが、宗門において特殊な、昔十年程前において、ある一部のほんの一回だけの会合においては、その頃、私はいませんでしたが。その頃のその時だけですかね。そういうことがいっぺんだけあったことはひとつ。でー、あとは日達上人だってテープ、誰が何をとろうが、そんなことはもうなにもお構いなさらない。それが貴い姿、あたりまえの姿であります。私もそうだ。十年間、今日はテープにとっているかとか、あっちへ置いてこいとかなんて、いっぺんもない。そんなことは。あれはねー、因循姑息な姿ですよ」
と述べている。
創価学会の会合でテープをとることが禁止されていることを批判したものだが、四カ月後にはみずから、テープをとることを禁止している。正本堂についての意義づけすらコロコロと変わる日顕上人であるから、急にテープレコーダーの使用を禁止したからといって、なにも驚くには値しない。
それにしても、日顕上人ら宗門中枢のご都合主義は、この一件の経過で浮き彫りにされたことになる。
しかも、これまで出席を認めてきた副支院長を原則的に出席停止にしたことは、問題が大きい。あってはならないことである。
宗門の現状は、日顕上人の一部の取り巻きによって事が決められ、本来、宗内の意見が集約され討議され伝達されなければならない宗務支院長会議すらも形骸化してきているのだ。
それだけではない。この重要な会議が、一部の日顕上人の取り巻きによって議事引きまわしの対象にされてしまっている。こうした現状に対して、宗務支院長会議のメンバーは強い不満を持ちつづけてきた。今回の会議に対する宗門中枢の処置は、その不満をあおっただけである。
宗門内部でも、物の見えている僧侶は、日顕上人の宗政に携わる能力を疑っている。何をしようとしているのか分からないという不安の声も上がっている。そのうえ、反対意見にはまったく耳を貸さないし、取り巻きも、日を追うごとに一部の者にかたよってきている。いまや総監をはじめとする五部長(早瀬庶務部長、大村教学部長、秋元渉外部長、尾林海外部長、長倉財務部長)との間にも、何やら隙間風が流れはじめたとの噂もある。
日顕上人は、宗政をつかさどる者としては、あまりに感情のブレが激しすぎる。その場、その場の感情のたかぶりで物事を決してしまうのだ。その「御指南」を実行する者は、はなはだ気の毒な立場に立つことになる。
指示は朝令暮改で、しかも実現不可能となれば、実務の側に立つ者の中に不満が宿っても無理のないことである。おまけに下の者には、日顕上人の思いつきと気変わりについて説明できないから、あいだに立つ者は、気の毒にも、下の者から無能扱いされることすらある。当然のこと、日ごとにストレスはたまっていく。
日顕上人は昨年の夏以来「C作戦」(カット作戦、創価学会解体作戦)を腹蔵し、その実行のチャンスをうかがってきた。そして十二月二十七日、池田総講頭の実質的な罷免を皮切りとして電撃的に作戦を実行に移した。そのときの日顕上人の目論見は、作戦実行の直前、十二月二十五日に、高橋公純、段勲、押木二郎らとの密談において語ったように、「(創価学会員)二百万のうちの二十万が来ればよい」ということであった。
この「C作戦」の前哨戦としては、雑誌『福田』における高橋公純らの動きがある。その第二号には、特別御形木御本尊の十八万五千体を創価学会が偽造したとのインチキ記事が掲載された。これを高橋の弟の段勲があちこちのマスコミで報じたのである。
創価学会側は、宗門中枢のおぼえめでたい高橋兄弟がこうした挙に出ることに非常な不快感を持ってきた。宗門と創価学会の軋轢の発端はここに求めることができる。ただ、それ以前に、宗門中枢に対し山崎正友も参加しての情報操作が何年間にもわたりおこなわれていたことにも留意しなければならない。
宗務支院長会議の多くのメンバーは、日顕上人はいつまで高橋公純や駒井専道らの口車に乗っているのかと心配しているのである。なかには、高橋公純は『福田』への関与、あるいは離間工作の罪で擯斥処分にすべきだ、それで一挙に事態を解決しようとの意見を持っている者もいる。
宗務支院長会議の多くのメンバーは、日顕上人とその取り巻きのやり方に強い不安と不満をいだいている。いくら情報統制をしても、宗務支院長会議の内容は、宗門と学会の将来を見越した僧によって、次々と本紙『地涌』編集部に寄せられる。
日顕上人およびその取り巻きの者たちは、すでに足下が崩れていることを知らなければならない。『地涌』編集部は、情報源秘匿のため、入手する情報の十分の一も公開していないのだ。
日顕上人らの策した「C作戦」の延長線上に、添書登山の実行があるのだが、この方針の不手際も日顕上人への不安をつのらせている。
原則的に支院長以上の出席しか許されなかった宗務支院長会議では、従前の方針どおり、七月一日より添書登山を強行することを再確認した。ところが、いまだ実行方法が決まらない。
前回の支院長会議では、三枚つづりの登山申込書に登山希望者が書き込むということになったが、それもいざ実行となると、いろいろと意見が割れている。
今回の支院長会議でも、この添書登山をめぐってさまざまな意見が出たのみで、たいしたことは何も決まらない。また内事部も実施の細目を決めかねている。その中で打ち出されたことは、御開扉は一日一回とし一時三十分のみおこなう。前月二十日までに申し込めば翌月登山できる。その申込み状況については寺院より本山内事部へ連絡する。
この程度のことしか決まっていない。だが御開扉料の値上げだけはチャッカリと決められているのだ。現行の大人一六〇〇円を二〇〇〇円に、子供八〇〇円を一〇〇〇円とすることが発表された。
いずれにしても添書登山の詳細は、きたる五月二十三日午後一時よりの寺族同心会の常任理事会、午後二時よりの理事会で決められるということだ。最終的には五月二十九日午後二時よりの寺族同心会で大綱が発表されることになる。
だが、この時点で、実行まで一カ月しかない。本当に添書登山は無事実施できるのだろうか。局外者ながらも気になるところである。
