第3章 法 脈 濁 乱


 第92号  1991年4月2日

日蓮正宗自由通信同盟

心に創価学会をつぶす奸計を抱き口では慈悲を説く
これほどの悪徳はいかに猊下といえども許せない

 前号にひきつづき、日顕上人のウソについて記述していく。
 日顕上人の最近のウソのうち最も罪の重いものは、裏で「C作戦」を練って創価学会解体を策しながら、表で創価学会をほめそやしたことだ。これが創価学会を油断させようとの高等戦術なのか、あるいは日顕上人が単に二重人格者なのか、その真意のほどは知るよしもないが、いずれにしても一宗の頂点に立つ者としては不適格である。
 「C作戦」を練り上げた直後の平成二年八月八日、青森県八戸市の玄中寺で新改築落慶法要があった。このとき日顕上人は、説法の中で次のように話している。
 「大聖人の御教えを根幹として我々は常に信行倍増しつつ、僧俗一致の深い絆のもとに進んでいくことが大切と存じます。
 もちろん当寺においては、そのような姿がこのような立派な形として現れておることでございまして、そのことはすでによく解っておることと思いますし、御本尊様も御嘉賞のことと存じます」
 平成二年十月六日の総本山大石寺開創七百年慶讃大法要初会においても、日顕上人は創価学会を最大限に称賛している。このときすでに、創価学会解体作戦が腹蔵されていたことを考えると、これも日顕上人のウソの一つである。
 「爾来、歴代上人を中心に有縁の僧俗、種々の苦難を超えて令法久住広宣流布に努め、特に近年、信徒団体創価学会の興出により、正法正義は日本乃至世界に弘まり、ここにその意義を込めて開創七百年の法要を盛大に修することは、まことに大慶至極であります」
 平成二年十月十九日には、東京都板橋区にある妙國寺の新築落慶入仏法要がおこなわれた。これに際し、日顕上人は次のように説法している。
 「今日、世界の多くの国を日本の国が率先して救っていくということは、経済的な意味からのこともあると思いますけれども、さらにそのもとに大聖人様の仏法を世界の人々に知らしめて、その大きな功徳によってこそ、本当に未来の世界が幸せになり、救われていくのであるということを深く考える次第であります。
 その意味からも、今日、池田総講頭が率先して世界広布に苦心をせられて、世界の人々が現在、正法を分々に受持しております姿こそ、まことに未来の世界が真の平和を形作る一番の根本原因であると存ずるのでございます」
 この発言の二カ月後には、池田名誉会長の総講頭罷免を一方的におこなうのだから、日顕上人の言動に常人の想像を越えた異常性を感ずる。
 平成二年十二月五日、山口県下関市の妙宝寺新築落慶入仏法要にあたっても、創価学会を最大限にほめている。
 「さらに不思議なことは、七百年間、大聖人、日興上人の唯授一人の血脈相承をもって総本山大石寺に厳護されてまいりました日蓮大聖人の正しい仏法が、この昭和という時期に、特に創価学会の出現によりまして、日本乃至世界に広宣流布をするという因縁が築かれた次第でございます。その中の一分として法華講の方ももちろん一生懸命御奉公されましたけれども、特に学会員の方が日本全国において、あらゆる所でこの正法を深く確信してそれぞれの人々にこの大法の道を、功徳を説き、またそれに対して邪法邪義の恐ろしい所以を相対して説いていって、初めて多くの人々が今までの邪義邪宗を改め、正法を正しく清浄に信ずるという姿がそこに起こったのであります」
 十二月五日といえば、「C作戦」発動の根拠にした十一月十六日の池田名誉会長の発言のあったすぐ後である。このときの名誉会長の発言を盗み取りしたテープを聞いて(バカげたことだが聞き違いもある)日顕上人は激怒し、創価学会を解体しようとの意を決したとされている。それほどの“重大発言”とされるものがあった後でもこのような説法をしていたのだ。どう考えても理解に苦しむ。
 平成二年十二月十四日には総本山において日顕上人のお誕生祝賀会が開かれた。そのとき、日顕上人は次のように話している。
 「これからいろいろと難しい問題がますます出てくると思います。私も六十八歳になって、こういう問題を抱えながら、果たして皆さん方とともに本当に正しくやっていけるかどうかわかりませんが、しかし私としては身体の続くかぎり、あるところまでは務めたいと思っております。私は何も最後まで法主の座を穢していくつもりは毛頭ありません。ある時期には、あとの方を立てたうえでやめたいと思っているのです。しかしある時期まで、もうしばらくは頑張っていかなければならないと思っております」
 いまとなってみれば、この「ある時期まで」という言葉の裏に、「C作戦」の断行によって創価学会の粛清を完了するとの意味が込められていたとしか思えない。
 それでいながら、次のような言葉で胸襟を開いてみせているのだ。
 「いろいろな疑問がありましたり、また私に間違ったことがあると思っておられる方がいたならば、遠慮なく言ってきてください。私はその人に対して、けっして怒りもしないつもりですし、おっしゃることは素直に聞きます。ただし聞くけれども、やはり私からの意見、つまり『あなたはそのように思われるでしょうが、ここのところは違うのではなかろうか』というような意見を申し上げる場合もあるかもしれません。あるいはまた、皆さんの思っていることが本当に正しいということになれば、私も沈思したうえで、あるいは私自身が考え方を変える場合もありましょう。
 そういうところは日興上人様が、いくら大勢の大衆の意見ではあっても間違ったことをしたときには、貫主すなわち法主がこれを挫くべきである、また法主が間違っているところは、その法主の間違ったことに対して大衆は従ってはならないという御指南があるとおりです。従ってはならないということは、消極的ではあるけれども一つの反抗をするわけですから、その反抗の姿を見て、私なら私の立場において、自分が間違っていたように思うこともあると思います」
 これだけのことを話しながら、日顕上人の実際の言動は今日に至るまで、この発言の真反対である。不服従のものを強権をもって屈服させる、あるいは処分することしかしていないのだ。となれば、ここでの話の一切はウソということになる。
 しかもここまで寛容なことを言いながら、この十三日後の十二月二十七日には、日蓮正宗の宗規に信徒を処分する事由として、新たに「言論、文書等をもって、管長を批判し、または誹毀、讒謗したとき」という項目を付け加えさせた。
 「C作戦」発動にあたって、信徒が猊下を批判すれば破門を含む処分をおこなえるよう、わざわざ宗規を改悪したのだ。日蓮正宗の宗会によって決定されたものだが、これは日顕上人の指示によるものであった。
 宗会議員のうち数名は、池田名誉会長の実質的な罷免を含めて、「あの雰囲気の中では、とてもではないが、反対の意思表示などできなかった。申し訳ないことをした」と後に述べている。
 それにしても日顕上人の二枚舌ぶりには驚くべきものがある。平成二年十二月二十一日、創価学会は三重県の仏徳寺を寄進した。「C作戦」断行の直前である。
 日顕上人は昭和五十五年七月に「“学会はあくまで謗法の団体である”という人が、その謗法の団体の人たちから御供養を受けるというその姿、その精神はまったくおかしな話です」(本紙第91号詳録)と述べている。
 となれば、いまの日顕上人の「精神」はどういうことになるのだろうか。
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