第2章 持 者 能 忍


 第65号     1991年3月6日

嘘をついてまでして人を批判したがる男がいる
社会病理の一現象と思うが、それにしても病状は重い

 月刊『宝石』四月号で、南条白山という人物が池田名誉会長批判をおこなっている。
 南条白山とは埼玉県朝霞市在住の元地区部長・渡辺隆のことである。また創価学会攻撃のデッチ上げ記事を掲載している『福田』の編集発行人でもある。
 「特別手記」と銘打っているので、『福田』第二号に大謗法記事を書いた件に対する謝罪かと思ったら、一行もそのようなことは書いていなかった。
 この大謗法記事について、本紙においても何度か触れたが、創価学会副会長を名乗る「牧田隆」なる者がまったくのデッチ上げで書いた手記のことだ。内容は創価学会が特別御形木御本尊を何万体、何十万体と偽造して学会員に買わせ、大変な金儲けをしたというもの。前代未聞の悪質なデッチ上げ記事である。このインチキ手記を副会長と自称して書いたのは、山崎正友の部下であると思われる。
 これだけのことをしておきながら、渡辺はその謝罪もせず、池田名誉会長への「公開質問状」と題する記事を書いているのだから、もはや狂っているとしかいいようがない。それも「南条」というペンネームを使ってである。
 謗法雑誌『福田』には、他にも「工藤」「富木」などのペンネームを使っている者がいる。いずれも大聖人御在世中の大信者の名前である。この一事をもってしても、『福田』の関係者が尋常な神経の持ち主ではないことがわかる。まして渡辺ごときが「南条」を名乗るとは……。もはや言葉もない。
 渡辺の肩書がふるっている。「創価学会改革誌編集主幹」ということだが、自分の頭を改革することが先決であろう。月刊『宝石』編集部も渡辺の脳波測定をしたうえで、手記を掲載すべきであった。御本尊誹謗の罪で狂乱しているとしか思えない。文章は完全に自分だけの世界に入り、自己陶酔の極みに達している。
 渡辺は人に公開質問する前に、公の前で自分のことを明らかにしなければならないことがある。簡単な質問である。一つは、「『福田』第三号を出したということだが、誰に金を出してもらったのか。生計はどうやって立てているのか」という質問である。渡辺に自己陶酔の弁を聞くよりも、その回答のほうが真実究明の裏づけとなる。
 また二月二十四日、渡辺は高橋公純の本応寺(群馬)における蓮葉講の発足式において、「『福田』第三号を出し、第二号における特別御形木御本尊に関する記事の間違いをその中で謝罪している」(趣意)と述べた。そこでもう一つの質問。
 「間違ったというなら、牧田隆は何者で、『福田』はどうしてウソの手記を掲載したかという事実経過を公表してもらいたい」
 謝罪ということなら少しはそのような話をしてもよさそうだが、それには口をつぐんだままで創価学会を批判する。まず『福田』のデッチ上げ記事掲載の経過報告があってしかるべきだ。
 まあ、それを求めてもまともには話せまい。「牧田隆」という“創価学会副会長”を名乗る者の手記は、山崎正友の部下が書いた以上、言を左右にするだけであろう。おまけに渡辺は、高橋公純の意を受けて創価学会攻撃をするために動いてきたのだが、真相を隠し高橋をかばっている。
 したがって単純な質問のみをしたいのである。『福田』第三号の資金源はどこか、渡辺は何をして生活しているのかということを聞きたいのだ。
 これを明らかにしないうちは、人前に出ないことだ。
 『福田』第二号を作ったとき、渡辺は相当な儲けを見込んで、女性社員まで雇い入れたが、案に相違して多額の赤字を出してしまった。ために女性社員に給料を払えないどころか、経費まで立て替えさせる始末。その女性社員は「騙された」といって渡辺のことを大変に怒っている。そのような金づまりの男がどうして第三号まで出せたのか。
 それは高橋公純にとって渡辺の偽装工作が必要だったからだ。高橋は戸井田巌の名で、謗法記事を掲載した『福田』に、巻頭言や日蓮大聖人伝を書いている。戸井田が高橋であることが表沙汰になれば、高橋の僧としての立場は危うい。
 南条こと渡辺は蓮葉講の発足式で、高橋公純が戸井田巌でないとえんえんとウソの話をつづけ、『コンパッション』という雑誌では、戸井田巌の直筆原稿ということで、高橋公純とは別人の原稿を掲載し偽装を計っている。他人の筆跡を出してまで高橋をかばっているのである。
 金に詰まった渡辺が、高橋公純の偽装工作を手伝うことによって、なんらかの報酬を得たと疑わざるをえない。もし報酬を得ていないというのであれば、なぜ高橋をかばって偽装工作までするのかという理由を示さなければならない。その偽装工作をもとに創価学会の批判をおこなう、渡辺のやっていることは立派な犯罪であり、そのウソをその場にいながら喜んで聞いている高橋公純も共犯者である。
 月刊『宝石』で書いていることも、高橋公純の代弁でしかない。渡辺はどのような精神状態でおこなっているのか知らないが、犯罪行為を行っていながら、自己陶酔の、しかも人を批判する手記を書ける神経はもはや普通ではない。
 南条白山こと渡辺隆に言いたいことは、創価学会批判で一攫千金を夢見たりせず、まともに働くことである。生活破綻者のいうことなど誰も耳を傾けない。
 とにかく、女性社員に給料と立て替えさせた経費を一日も早く払ってやってほしい。
 渡辺のように、働きもせず、ただ偉ぶって人をあげつらっているだけの人物は、だいたい町に一人ぐらいはいる。社会病理的現象の一つであると思うが、渡辺の場合かなり病状は重い。
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