第2章 持 者 能 忍


 第60号  1991年3月1日

日蓮正宗自由通信同盟

謗法容認の御指南を拒絶し、獄にあっても不屈であった
その牧口、戸田両会長の戦があって広宣流布の時が開けた

 最近、日蓮正宗の末寺の各所に、「嘘で固めた宗教法人創価学会」という、手書きの怪文書が出まわっている。それは次のように始まる。
 「誰も知らない創価学会の真実の歴史と体質を証拠書類を挙げて発表する。創価学会及び公明党の本質を知る上で参考になれば幸いである」
 この文章は、左右にわけてあり、「この左面の記事は学会出版物による嘘の記事」「この右面の記事は証拠品による真実の記事」と解説されている。
 まぎれもなく、創価学会は地涌の菩薩の団体である。これを策をもって破壊しようとする者はかならずや罰を受ける。また、その策も成就しない。
 僧侶といえども成仏が約束されているわけではない。瞋恚に身を焦がすばかりでなく、仏法の厳しさに思いをいたすべきである。
 一枚目の右面には、「昭和十八年六月本山より下山した直後の公式文書」として、「通諜」(ママ)という書面を紹介するとともに、この「通諜」の原本は「ワラ半紙ガリ版刷」であるとしている。
 この手書きの怪文書の作者は、「通諜」に書かれている「六月二十五日」との日付を、昭和十八年のことであると一方的に断定している。なぜ「六月二十五日」が昭和十八年だと判断するのかについては一切、触れられていない。
 昭和十八年六月に、総本山において日恭上人の立ち会いのもと、当時の渡辺慈海庶務部長より、創価教育学会の牧口会長以下の幹部に対し、会員に神札を受けさせるよう申し渡しがなされたが、学会側はこの宗門の命令を、日蓮大聖人の仏法に違背するということで拒否した。
 怪文書の作者はこの歴史的事実と「通諜」を関連づけ、学会側は実は神札の受けとりを会員に指示していたと結論づけているのである。要するに戦時中、大謗法を犯していたのは宗門だけでなく、学会側も宗門の命令に従い一緒に謗法を犯していた。その証拠が「通諜」であるというのだ。
 またこの怪文書の作者は、怪文書の中に「戸田城外の退転」と、項目を立てて次のように述べている。
 「戸田城外は獄中生活に堪えかね、更に当時家族の身の上を心配して信心を退転し『転向の誓約書』を書いて提出し、昭和二十年七月三日中野刑務所を仮出所したのである」と、戸田会長が転向したため仮出所できたとしている。
 だが、「転向の誓約書」なるものがどのようなものなのか、いつ書いたものか、現在それがどこにあるのか、といった点には触れていない。まったく根拠は提示されていないのである。
 しかしそれにもかかわらず、怪文書の筆者は、戸田会長みずから記した「創価学会の歴史と確信」に論及、「上記した通諜及び戸田城外の退転仮出所の真実を知って、左記の記事(筆者注  『創価学会の歴史と確信』)を比較検討したならばどんなことになるだろう? 更にこの事実に基づいて『人間革命』池田大作著を読んでごらんなさい。全く嘘とデタラメでデッチ上げた『人間革命』『創価学会』の本質がよく解ることでしょう」とまで言っているのである。
 これ以降も文は続くが、戸田会長が「悶死の臨終」「死後の地獄の相」であったと悪態をえんえん述べている程度なので、一笑に付すのみで反論しない。
 ここでは「通諜」を問題とする。というのも「通諜」のコピーと称するものが、この怪文書とは別に、日蓮正宗内に出まわっているからだ。そのコピーに写し出された書面は虫食いだらけで、書面の四方が破れ、いかにも古い書類であるといった雰囲気が伝わってくる。
 これらの怪文書は、一つには昭和十八年六月の神札問題、もう一つは昭和二十年の獄中での転向問題を提起している。本来なら無視してしかるべき悪質なデッチ上げ怪文書なのだが、反創価学会意識をもっている僧侶のあいだで妙にウケているのである。
 日蓮正宗の僧侶のなかには、この「通諜」のコピーと称する書面を御講のときにふりかざし、「これは、学会でも神札を祀ることを認めていた証拠になる文書だ。戸田が幹部に指示を出していたのだ」と言っている者がいる。
 この発言には、日蓮正宗が戦時中、伊勢神宮への参拝を奨励し、神札を受け取るよう僧俗に周知徹底してきたことに対する反省など微塵もない。本紙に対し、戦時中の日蓮正宗の大謗法を指摘されたことを逆恨みして、なんとか創価学会にケチをつけたいという浅ましい心から、そのようなことを得意げに話しているものと思われる。
 そもそも、戦時下における日蓮正宗のありさまは、全山謗法の山と化しており、いくじなく生きのびることだけを考えていた。どこをどう叩いてみても、日蓮大聖人が竜ノ口に赴かれたときの大確信の片鱗すらもうかがえない。
 その戦時中の屈辱を恥じ、懺悔する気持ちがあればまだしも、今に至っても宗門は、一宗の独立を保つためには神札を容認することもやむを得なかったと述べて、はばからない。
 このようなことを破折するのに、御本仏日蓮大聖人のことを例に引くのも申し訳ないが、竜ノ口に引き立てられる大聖人が、自分の命が失われれば末法の弘通ができないということで、妥協をはかられたであろうか。決してそのようなことはない。竜ノ口を見習えば、国家神道を背景とした大政翼賛運動に際限なく妥協し、日蓮大聖人の御金言を切り文にして、戦争協力をするなどというバカなまねはどう考えてもできないはずである。
 大聖人の弟子であるならば、大聖人のなされたことに学ぶべきである。国家権力に屈服し謗法を犯しては、もはや大聖人の弟子ではない。
 戦時下、日蓮正宗が国家神道を背景とした軍部の圧力によって大謗法を余儀なくされているとき、創価教育学会が登場し、本宗の正法正義を死を賭して護り、現在の大法興隆のときを迎えることができたのだ。
 その創価学会出現の不思議は、仏法から見れば必然であった。この創価学会は仏意仏勅の団体であるという、戸田会長の獄中での開悟に基づく大確信がなければ、現在の世界広布の実体はない。
 あたら転向、退転の者が獄より出て、いくら正法正義の旗を掲げたところで、大白法とはいえ弘まることはない。その信仰の根本にかかわることを理解していない僧が日蓮正宗にいるのは、実に残念なことである。
 まず、「通諜」が偽書であることを論ずる前に、牧口、戸田両会長の獄中における不退の信仰があって、大法弘通の時を招来し得たことを確認しておきたい。この本質論こそが重大なのである。
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