二月二十四日、本応寺でおこなわれた蓮葉講の結成大会において、南条白山なる人物が登場し、えんえんと話をした。南条白山こと渡辺隆が編集発行している雑誌『福田』第二号に、“特別御形木御本尊の中に数万体、数十万体のニセ物がある”とのデッチ上げ手記が掲載されたことは、何度か指摘したとおりである。
この蓮葉講の結成大会において、南条は『コンパッション』という小雑誌を見せながら話をした。この小雑誌において南条は、後で詳しく紹介するが、愚にもつかない言い訳をしたり、偽装工作をして高橋公純をかばっている。
『福田』創刊号には戸井田巌の名で「日蓮大聖人見聞録」が書かれている。また『福田』第二号には同じく「日蓮大聖人見聞録」の続きが掲載され、それ以外にも戸井田巌の筆になる「蘇れ『福田』の思想」という記事が出ている。
さらにこの第二号には、「学会幹部十五万人が拝んでいるニセ本尊 現職副会長の内部告発」と題し、牧田隆(山崎正友の部下と思われる)という人物が大ウソのデッチ上げ手記を書いて、創価学会を批判している。
戸井田巌が高橋公純ということになれば、高橋公純の大謗法への加担が確定してしまうので、それを否定するのに躍起となっているのである。逆に言えば、それだけ南条こと渡辺と高橋公純は親密な関係にあるということだ。
南条こと渡辺は、『コンパッション』という小雑誌の中に、「高橋公純住職『福田』執筆の妄説を破す」との一文を書いている。その主旨は、戸井田巌が高橋公純でないことを主張するものだ。
「『日蓮大聖人見聞録』を書いている戸井田巌先生を日蓮正宗の僧侶と間違えたようですね?
その理由として、『福田』は終始一貫として、正しい勤行、正しい折伏、正しい法門の研鑽を訴えている内容であり、『日蓮正宗の御住職が原稿を書いているのか?』という質問がかなり集まっておりました。憶測に依る住職が執筆している決めつけ方こそ独善性の強い集団の証拠となります」
「戸井田巌先生は残念ながら僧侶ではありません! 日蓮正宗の僧侶であれば、万が一にでも京都要法寺『大聖人様御影像』や小湊誕生寺所蔵の葛飾北斎『日蓮大聖人一代絵図』を使用しますでしょうか?
あべこべに要法寺太田上人、誕生寺片桐上人が大聖人伝記の協力をして日蓮正宗の僧侶に貸し出しを許可しますでしょうか?
私どもとしては、力を入れている連載に水をさされた気持で憤慨しております。太田上人、片桐上人にも大いに御迷惑をおかけしてしまい、この先、挿し絵の許可が得られぬ損害は、正木氏どうしてくれるのですか!
特に、戸井田巌先生は激怒し、『だから学会はだめなんだよ!』と申しております」
南条白山こと渡辺隆は、病的なまでの大ウソつきである。これだけのウソは常人につけるものではない。相当に異常である。あるいは、高橋公純にそこまで忠義だてしなければならない“借り”でもあるのだろうか。
戸井田巌は高橋公純である。いかにウソを書き連ねて、威丈高に言おうとも事実は事実である。それだけ懸命になって戸井田が高橋であることを隠そうとするところを見ると、相当にマズいことをしてしまったという自覚症状があるようだ。
そして感情に走ってか、余分なことまで書いている。なんと牧田隆のデッチ上げの悪質な手記を事前に日蓮正宗の僧侶に見せたと書いているのだ。
「高橋公純御尊師に限らず我々は牧田隆氏の原稿は五名の日蓮正宗御僧侶に事が御本尊のことだけに御相談申しあげたことは事実です」
「五名の僧侶は牧田隆氏の原稿には異口同音の発言、御指南を下さいました。
高橋御尊師は、『僧侶としては感想を申せば、辞めてもらいたい。福田なる貴誌に掲載することは、日蓮正宗の教義からみて、信徒が御本尊に関することはタブーである。しかし日蓮正宗は民主主義ですから、あなた方の言論を妨害する権利はありません』と言って下さいました」
語るに落ちるとはこういうことである。高橋公純は、牧田隆の大謗法のデッチ上げ手記の存在を知っていたのだ。
南条こと渡辺は、『福田』発行の頃は本応寺の法華講組織である妙田講の有力メンバーであった。今回、発足した蓮葉講のメンバーのほとんどは、その当時の妙田講のメンバーである。したがって、蓮葉講などといっても、昨年以来の一連の動きの中で脱会した者ではなく、ここ数年来の脱会者の集まりでしかない。それでも三十名程度しか集めることができなかったのである。
この本応寺の檀徒づくりの中核となってきたのが南条こと渡辺なのだから、もし高橋公純がデッチ上げの牧田手記を知っていたのであれば、指導教師として、断固その公表を阻まなければならない。少なくとも、「真偽を確かめるまで待て」というのが筋だ。
南条の書いているように、この大謗法手記の発表を容認しただけでも処分されるべきであろう。
ところが、事実はもっと重大である。高橋公純は戸井田巌の名で、二つも文書を掲載しているのである。高橋は大謗法手記が載るのを知っていて、しかも「日蓮大聖人見聞録」まで書いたのである。これでは、擯斥処分にされても文句は言えない。
渡辺は『コンパッション』の中に、高橋公純の直筆原稿と「戸井田巌」が書いたとする直筆原稿を出している。まったく筆跡が違うということを示しているのだ。誰か別人の筆跡をひっぱり出しての悪質な偽装工作である。
南条こと渡辺はここまでの偽装工作をやり、蓮葉講の結成大会で高橋公純を前にして、戸井田巌は高橋公純でないと公然と話す。二人とも常軌を逸した異常心理の持ち主であり、ほとんど犯罪者と言ってよい。高橋公純と渡辺隆は共犯なのである。
猊下の御指南で始められた檀徒づくりの先頭を切った蓮葉講。実質的には三十名程度の結集しかできず、そのうえ大会は、高橋公純の大謗法への加担を隠蔽するための偽装工作の場となってしまった。
いかに偽装しようとも、御本尊をごまかせるものではない。両者とも口先では信仰を説いているが、その実、信仰心のカケラもない破仏法の輩であることが、蓮葉講の発足式で明白となった。
