日蓮正宗僧侶の中にあって、反創価学会派の中核である正信会帰りの高橋公純が、二月二十四日、自坊である本応寺において蓮葉講決起大会を開催した。
猊下の御指南を仰いでの、創価学会脱会者の初の旗揚げであり、日蓮正宗における今後の檀徒づくりの成否を占う大会であった。
高橋公純は、これまでさまざまな機会をとらえて創価学会解体を主張し、その勝算を述べてきていた。それだけに、この蓮葉講結成大会は、高橋の発言が単にパラノイア的症状に基づくものなのか、あるいは確たる成算があってのものなのか、それを見きわめる意味合いがあった。
本紙(第50号)も、高橋が猊下の御指南を水泡に帰することのないように、わざわざ「高橋公純、押木二郎、二月二十四日の結集は大丈夫か もし集まらなければ御指南をした日顕上人が笑われる」との記事を掲げ督励した。
また、その記事の最後には、当日の結集人員がどれほどになるのかに焦点をあて、「高橋―六千、文春―二千のどちらの予想が正しいか、あるいは両者ともにはずれて、高橋は単にパラノイア、文春は虚報も辞さない仕掛人であることが証明されるか、興味のつきないところである」としたのであった。
高橋は昨年の暮、自筆の「所感」という文書において、創価学会から脱会者が続出するという前提で、日蓮正宗の檀徒活動の必要性を説き、次のように書いていた。
「一般会員は、とくに猊下を批判するなど大謗法である、という信仰の一分はありますから、万が一全面戦争になった場合、三分の一が宗門側につくであろう、という根拠の一つはその辺にあると思います」
「池田氏もいい気になって宗門を批判していると、池田信奉者を還って少なくし、今後、脱会者がどんどん出てくるでしょう。
藤原軍団六千、福島グループ三千、大橋グループは数十というとこでしょうか。(中略)
今宗門に必要なのは、一人でも多くの味方であり、純粋な信奉者です。その為に受け皿の必要性を熟慮すべきであろうと思います」
高橋公純はみずからの主張を実証するために、二月二十四日、蓮葉講の結成という形で、全国の檀徒づくりに先鞭をつけたのである。
大会は午後三時に開始され、終了したのは午後六時過ぎであった。スローガンはそのものズバリ、「全国初の脱会者による結成大会」となっていた。
本紙の督励もあってか、日蓮正宗僧侶の支援体制はなみなみならぬものがあった。支援のために駆けつけた僧侶は、支院長の船橋泰妙(無量寺住職)、副支院長の野村法慎(覚王寺住職)、群馬県下の住職、そのほか県外からもかけつけたようであった。総勢八名前後の僧侶がそれぞれ十名ほどの法華講員を連れて、蓮葉講の結成に臨んだのである。
どうやら宗門中枢より支援の要請が出ていたと思われ、本紙の督励の効果は抜群だったようだ。ところがそのかいもなく、結集数は惨憺たるもので、総数およそ二百名前後であった。それも支援の僧侶が連れてきた法華講の人員を数に入れてだから、お粗末の一語につきる。
八名の僧侶がそれぞれ十名の信徒を連れてきたとして、八十名。さらに、もともと本応寺に所属していた法華講員が百名弱いるわけだから、当日、新たに蓮葉講として結成式に参加したのは二十名強という勘定になる。この際おまけして、三十名くらいとしておこう。
高橋公純の大失態である。猊下の御指南をないがしろにしたとしか言いようがない。しかも昨年十二月二十五日、みずからが仲介して猊下に引き合わせた藤原グループの押木二郎は、この結成式に参加もせず、代表二名が花束贈呈をして、お茶をにごしただけであった。早くも両者のあいだに亀裂が生じたものと推測される。
この後、高橋公純の弟でもある反創価学会ライターの段勲が、週刊誌等にこの結成式の模様をどのように書くのか注目されるところだ。
蓮葉講決起大会の登壇者の中には、『福田』を編集発行している南条白山(本名・渡辺隆、埼玉県朝霞市在住、元地区部長)がいた。
『福田』は、本紙第13号で既報のとおり、「特別御形木御本尊のうち、何万体、何十万体が創価学会に偽造されたものである」という内容のインチキ手記を掲載した、大謗法雑誌である。このインチキ手記は、牧田隆なる“創価学会副会長”が書いたとされているが、本当の執筆者は山崎正友の部下と推定されている。
それはともかく、ここで問題としなければならないのは、日達上人猊下のしたためられた御本尊をニセ物呼ばわりした南条白山が、蓮葉講の一人として発言していることである。
御本尊を誹謗しているような者が、どうして日蓮正宗の新しい講の発足式で、それも「蓮葉講」関係者の最後に発言するのだろうか。しかも、「正木創価学会青年部長を公純師の前で土下座させ、詫びさせる」「創価学会幹部のスキャンダルを暴露する」などといった発言ばかりが続く会合で、南条こと渡辺も反創価学会的な言葉に終始するのみであった。御本尊を誹謗したことに対する心からの懺悔はどこにもない。
そのような話にどう感動したのか、高橋は感きわまって、「私の命を蓮葉講の皆さんに差し上げます」「これからは宗門主体の広宣流布の時代です」などとブチあげている。
高橋公純は、『福田』に戸井田巌の名で巻頭言などを書き、謗法の手助けをしたばかりか、『福田』との深いつながりを大衆の前で公然と誇示してみせたとしか言いようがない。
創価学会を批判する者であれば、大謗法を犯した者とでも平気で手を組むのである。しかも『福田』と山崎正友との関係は、その子分である梅沢十四夫が工藤白雲を名乗り、『福田』の編集発行に深くかかわっていることからして、山崎が影の編集長と見るのが妥当だ。
『福田』に執筆するだけでなく、猊下のお声がかりで発足した蓮葉講の結成式で、このような大謗法雑誌の編集発行人を登壇させるとは、なにごとであろうか。
日蓮正宗は宗門として高橋公純をどう処分するのか。御本尊誹謗の雑誌を編集発行した者を、猊下の御指南に基づいて発足させた蓮葉講の結成式において発言させた罪は大きい。高橋はもちろん、同座した僧侶たちも同罪である。
