第2章 持 者 能 忍


 第54号     1991年2月23日

法華の持者を禁獄する人・何ぞ現身に悪瘡を感ぜざらんや
頭破七分の誓ひ此の時に非ずんば何の時か果し給ふべき

 宗門中枢はいよいよもって焦りの色を濃くしてきている。ともかくも、攻めるに攻めきれないでいる。
 「C作戦」を立案した当初は、法主の「権威」があれば、信徒の首など自由に飛ばせると踏んでいた。「C作戦」に基づき、創価学会側にとうてい承服できない要求をつきつけ、それが受け入れられないのであれば、信徒団体にあらずと断定し、一刀両断にする計画であった。
 その要求は、創価学会の役員の過半数を日蓮正宗の僧とする、池田名誉会長を一信徒として扱い自宅謹慎とし、『聖教新聞』での同氏に関する報道は一切しないといった内容であった。
 まさに屈服か死か、その二つに一つを選択させようとしたのだった。
 法主というものは信徒の生殺与奪の権を握り、いつでも縦横に駆使できると認識していたようだ。いわば封建時代の殿様と領民の関係である。
 一月四日、法華講連合会の初登山において猊下は、「信とは随順の義なり」あるいは「疑いなきを信」などと強調している。
 戦時中、宗門は日蓮大聖人の御書を切り文的に利用し、僧俗を戦争へとかりたてたが、愚かさにおいては今なおまったく変わっていない。
 信仰とは、生命根底からの人間解放であり、「無疑曰信」も人法一箇の大御本尊様に対するものである。
 かつての猊下が、釈迦仏造立、神札信受の指示など、重大な謗法を犯してきたことは、宗史に歴然としている。まして戦時中、日恭上人は神札を受け取れと、創価教育学会に謗法を強要したのである。
 法主といえども過ちは犯すのである。みずからも一生成仏をめざしての修行の身であることを忘れてはならない。相承を受けたのであれば、大法弘通に全魂を打ち込むべきである。
 信徒の長が気にくわないからといって、なにも和合僧団を破壊するまで、血圧を上げることはない。瞋恚が身を滅ぼすことは、法主であっても例外ではないからだ。
 「法華の持者を禁むるは釈迦如来を禁むるなり、梵釈・四天も如何驚き給わざらん、十羅刹女の頭破七分の誓ひ此の時に非ずんば何の時か果し給ふべき、頻婆娑羅王を禁獄せし阿闍世早く現身に大悪瘡を感得しき、法華の持者を禁獄する人・何ぞ現身に悪瘡を感ぜざらんや」(同一鹹味御書)
 今回の事態はどのように推移するのかと、よく聞かれるが、仏罰厳然たる現証をもって終結することは仏語に照らして明らかである。日夜、大聖人の御遺命どおり大法弘通に邁進している団体を破壊しようとして、仏罰をこうむらないわけがない。
 釈迦に説法、法主に罰論のようであるが、厳然たる仏罰のありさまを見て、仏法の厳しさと宗門人の使命の重大なることに気づくことだろう。
 なにせ、一閻浮提総与の大御本尊様を信じ奉る何百万人もの信者を弾圧しようとしているのだ。口では創価学会が謗法であるといっているが、そのホンネは、臣下の礼をとらないことが気にくわないだけなのである。今回の事件の本質は、法主の怨嫉以外のなにものでもない。
 昭和十八年、牧口常三郎初代会長は、時の法主・日恭上人の謗法甘受の御指南を断じて拒否し、獄中で亡くなった。戸田第二代会長は、牧口会長に随い獄まで供をし、そこで大悟を得て今の大法弘通のときを招来した。戸田会長は牧口初代会長の三回忌法要で、次のように話している。
 「あなたの慈悲の広大無辺は、わたくしを牢獄まで連れて行ってくださいました。そのおかげで、『在在諸仏土・常与師倶*生』と妙法蓮華経の一句を身をもって読み、その功徳で地涌の菩薩の本事を知り、法華経の意味を、かすかながらも身読することができました。なんたるしあわせでございましょうか」
 いま、日顕上人の破仏法、破和合僧の御指南には、断じて屈服しないことをもって、地涌の菩薩の本領としたい。
 去る二月十九日、三重県本慧寺の落慶入仏式がおこなわれたが、日顕上人猊下の話は意外にも歯切れが悪く、顔も焦慮の色濃く威厳がなく、参会者を落胆させた。
 その説法の最中、いならぶ僧侶の顔は能面のようで、連日の疲れを隠しようもなかった。僧侶の中には居眠りをしていた者もおり、総監すらも眠気をこらえるのに大変な様子であった(居眠りしていたという者もいる)。
 この御親修のありさまは宗内にすぐさま伝わった。各末寺の御講では、「厳しく学会批判をするように」との強硬論を押しつけ、こと細かにチェックするなどして、締めつけておきながら、猊下や総監が、オブラートに包んだような歯切れの悪い話をするとはどういうことか、との疑念が生じているのである。
 当初、相当な緊張がみなぎっていたにもかかわらず、緊張感のない総監、猊下の話に創価学会員のみならず、法華講員までもが眠気に抗しきれないでいた。
 両団体とも、前もって相当の心の準備がなされていたが、このような緊張感のない事態になった。その分だけ、宗門側の強硬派は落胆の色を隠せないし、猊下のやり方に不安を感じている者たちは、「やはりその程度のことだったか」と話していた。
 この疲れた宗門中枢が、判断能力を失い、焦りの気持ちから一挙に強権発動をしてくることは充分に予測される。宗門には、かねてから中枢が狂気に走ることを心底、恐れている僧が多数いる。その懸念が今、現実になろうとしているのだ。
●トップページ > 第2章  前へ  次へ