第1章 謀 計 発 覚


 第36号  1991年2月5日

日蓮正宗自由通信同盟

宗門は困窮のあまり総本山の観光地化計画を進めた
それを阻み登山会を始めたのは戸田創価学会会長だった

 昭和二十五年当時の総本山は、経済的に大変疲弊していた。その総本山が疲弊した原因は、昭和二十年十二月二十九日に行われた農地改革である。総本山所有の農地のほとんどすべてが小作農民に廉価で開放されたのであった。
 ために塔中の住職などは、山林を開墾して畑とし、イモ、キビ、トウモロコシなどを植えて飢えをしのぐありさまであった。
 そこで宗門は、総本山大石寺の復興と生活手段確保のために、大石寺を観光地化しようと計画した。宗門は、戦中に生き残るために時流に乗って神道を受け入れ、謗法を犯したのと同様に、今度もまた、生き残るために時流に乗って大石寺を観光地にしようとしたのだ。
 昭和二十五年十一月二十三日、総本山客殿において「富士北部観光懇談会」が開かれた。
 総本山側の出席者は、堀米宗務総監、高野参議会長、細井庶務部長、早瀬内事部長、落合財務長、佐藤第一布教区幹事、塔中代表渡辺慈海、大村壽道、そしてこの観光地化の動きの中心人物であった秋田慈舟などであった。その他三名の本山総代も臨席した。
 地元からは、富士宮市長、上野村長をはじめ、富士宮の観光協会のお歴々が集まった。そのほか、富士宮の新聞記者たちも出席した。
 堀米総監はこの懇談会の冒頭において、次のように話されている。
 「近来観光に付いて社会では色々と施設や計画が進められているが当本山として、今迄そうゆう事には無関心の如くに見られていた。今後は清浄なるこのお山をけがすことなく世道人心に尽したい」(『大日蓮』昭和二十五年十二月号所収)
 また地元を代表して富士宮市の小室市長は計画の進行を喜び次のように述べた。
 「当山は正法護持と云ふ事で今日まで伝統を維持して来た事は敬意を表する。然し総本山も時代に即応すべきであると思ふが今度積極的に観光に活動しはじめた事は有難い。山門、五重塔、三十五日堂(御経蔵)等国宝的な建築があるので是非人心教化のためにも開放して頂きたい」(同所収)
 その後、いよいよ懇談会が持たれたが、富士宮の新聞記者たちは観光地化について提言をした。その提言は、『大日蓮』(同)に詳しく紹介されている。
 「一、建物その物が国宝的に準ずる
 一、要所々々には立札を立て説明を付けてもらいたい
 一、観光道路を大々的に改修する、とくに黒門までの道路を早急に改修し大石寺は総門からと考へるべきだ
 一、三門から入つて塔中手前までの間を庭園化する必要がある
 一、桜は全国的と云はれ自然のまま保存されたい
 一、三門附近で観光客案内所をおく必要がある
 一、五重の塔があることは知られていない。自動車の車窓より見える様に研究されたい。遠くから見るところに価値があると思われる
 一、観光客に対しての宿泊の設備を考へられたい
 一、山門から本堂に至る参道は恐らく日本一を誇り得ると思ふ、この点十分に保護し古色をこわさぬ様にお願ひしたい」
 これ以外にも、春の桜、秋の紅葉の時期に、青年を対象としてスクエア・ダンスを行ってはどうだろうか、などといった話も出たことが同誌に記されている。
 この総本山大石寺の観光地化計画を戸田第二代会長が聞き、驚くとともに悲しみ、登山会を計画したのであった。これが現在まで続く登山会の始まりであった。
 万が一にも総本山が観光地化されていれば、京都あたりの邪宗の寺の様相と変わらぬことになるところだった。考えるのもおぞましいことである。
 第六十六世日達上人は昭和四十八年の八月三十日、総本山・大講堂で行われた教師講習会の開講式において次のように述べられている。
 「ついに戸田先生はそれならば登山会をつくろうというので、登山会を毎月一回、当時一回でしたが、登山会をすることになって、初めて本山は活気づいてきたのでございます」(『大日蓮』昭和四十八年十月号所収)
 創価学会を率いる戸田城聖会長(なお、このときは会長就任前)によって、総本山大石寺の観光地化は防がれたわけだ。この総本山復興の大恩人である戸田会長を、昭和二十七年六月二十八日、日蓮正宗宗会は大講頭の罷免、登山禁止の処分に処することを要求する。
 この処分の原因とされた、当時「不祥事件」と呼ばれた事件は、かつて神本仏迹論を唱えて日恭上人を悩ませ、創価教育学会弾圧の下地を作った小笠原慈聞を、立宗七百年の際に問責したということで、本来、仏法上においては賞賛されるべき事件であった。
 それなのに戸田会長に対しては、日蓮正宗宗会議員はこぞって重大な処罰を要求したのである。
 その宗会の処分にあたって、総本山大石寺の観光地化計画の中心人物であった秋田慈舟が、宗会議員として戸田処分に対する一票を投じていることは何とも皮肉である。日蓮正宗においては、仏法に照らしての是非ではなく、出家の権威をおびやかした者が裁かれるのである。
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