段勲が、昨年の十二月二十五日の本山内対面所における猊下との「お目通り」の全貌を、世間に公表するかどうかは、今後どのように状況が変化していくかによる。
本山中枢は、段の兄が日蓮正宗本応寺の高橋公純だからなんとかなるだろう、あるいは本人が日蓮正宗信徒だから抑えが効くだろう、そんな薄氷を踏む思いの中で、十二月二十五日の実態が表沙汰にならないように祈っている。
この一切が明かされれば、宗内の多くはその謀略性にあきれるだろうし、御法主上人の御徳にすら疑いを持つ者も出る。また創価学会員は、怨嗟の声を上げ数百万人の怒濤となって本山に押し寄せるやもしれない。
だから、一月九日発売の『週刊文春』(一月十七日号)で、スクープを逃してまで守ってもらった御法主上人は、段を誰よりも大事にしなければならない。にもかかわらず、先の一月十日の総本山での教師指導会における猊下の発言は、少し自分の体面のみを気にしすぎているのではあるまいか。
協力した段や『週刊文春』編集部が、それを間接的にでも聞くことになれば、マスコミによく見られる習性であるが、「最後は叩いてやろう」などと思うのではないかと心配するのである。
マスコミをうまく利用してやろうなどというのは、相当に世慣れた手練がやることで、衆生済度を願う一宗の法主のやることではない。マスコミといえば聞こえはよいが、安い原稿料でこき使われている飢えた者たちが、場末の安酒場で情報交換しながら役割分担し、マッチポンプをくりかえしているのだ。
最初は創価学会憎しのマスコミに持ち上げられてはいるが、そのうち彼らの思惑どおりに動かなくなれば、集中砲火を浴びる。もっとも体制側にとって創価学会や公明党つぶしに利用価値があるうちは別だ。
マスコミから見れば、日蓮正宗の宗門といってもその程度のものなのだ。その観点からすると、一月十日の教師指導会での日顕猊下の話は、なかなかに大胆である。昨年十二月二十五日、本山内対面所で段と会った時のことを次のように述べている。
「その時、紹介をされたんで、『ああ。あんたがあの段さんか』って言ったの覚えがあるね。それでその後まあ、『記事はまあとにかく事実を書くんだね』ってひと言だけ私は段には言っといた。真実っていったか事実と言ったか、事実と言っただろうな、事実を書きなさいっていう意味のことをひとつ……、週刊誌、とにかく週刊誌の話は、これが多いからね、歪曲、捏造がね、はは。そういうことはひと言、言った」
また『週刊文春』(平成三年一月十七日号)に段が、日顕上人猊下は「池田さんて、こんなにひどい人とは思わなかったねェ……」と最後に述べた、と書いたことにもふれ、次のように話した。
「だから、あのー、あれはだね、どういうことをしゃべったかということはあんまり、はっきり覚えがない。『池田さんてあんなに悪い人だったとは』、最後にいった言葉になっているけれども、あれも覚えがないな。ああ、はっきり言ったという覚えがないんだな。まあ、相手は多少、捏造ってほどじゃなくても、その、なんていうか、感じで書くからね、週刊誌の記者なんてのは。うん、はっきり言ってなくても。そういうこともあるんだな」
人ごとながら、空恐しくなる。いまや自分の最大の弱味を握られ、それをかばってもらっている者に対して言うべき言葉ではない。
また『週刊文春』編集部も締切日に原稿の差し替えまでして、日顕上人猊下の立場を守ったのに、言ってもいないことを書いたといわれたのではたまらない。掌中にしていたスクープまで逃し、上層部に怒られながら締切日にアタフタしたのはなんだったのか。しょせん、僧なんてものは世間知らずの身勝手者なのか……、と怒り心頭に発するのではあるまいか。
