第1章 謀 計 発 覚


 第9号     1991年1月9日

段勲記者が『週刊文春』で苦しい言いわけ
なぜ猊下との極秘会見の真実の内容をひた隠すのか

 一月九日発売の『週刊文春』(平成三年一月十七日号)に、「大石寺VS創価学会ついに全面戦争へ 独占スクープ 法主極秘会見『池田大作をクビにした真意』」と題する、段勲の一文が掲載されている。
 その冒頭は次のように書き起こされている。
 「暮れも押し詰まった某日、大石寺の山門をくぐった。早い時期から、今回の事態を予測し、あらゆる伝手を動員して阿部日顕法主にインタビューの依頼をしていたのだ。
 偶然、ある知人が法主に面会すると聞いた私は、この機を逃しては、と強引に同行を求め、総本山に随行した」
 「某日」などと隠すことはあるまい。昨年の十二月二十五日である。二十六、二十七日の宗会で、池田創価学会名誉会長が、日蓮正宗の信徒の最高位である総講頭の地位を実質的に罷免されたが、まさにその前日である。
 そのあわただしい緊張の頂点にあったと思われる日に、段は猊下に会ったのである。戦略的な意味がないとするほうが不自然だ。
 「偶然、ある知人が法主に面会すると聞いた私は」と書いているが、これもなにも隠すことはない。「ある知人」とは実兄の高橋公純・本応寺住職である。「強引に同行を求め」たはウソである。もともと一緒に会う約束になっていた。
 段は「ある知人」すなわち兄・高橋から、「インタビューは、絶対に許さない。猊下に話しかけず、ただ隣に座っているだけなら」と念を押されて「お目通り」したと文中、記述している。これもウソである。それでは猊下と段は直接、話さなかったというのか。なぜこうもウソをつくのか。
 『聖教新聞』(一月七日付)によれば、創価学会の正木正明青年部長が一月五日、この段の「お目通り」について、質問状を猊下に出したことが報じられている。これに対処し、創価学会側の追及をまぬかれるために共同防衛ラインを引いたのである。
 すなわち兄・高橋の「お目通り」に弟の段がついてきただけだとして、事実を隠蔽しようというわけだ。当然のことながら、猊下も高橋もそれに合わせて創価学会側に回答をし、そのうえ、風聞に惑わされて猊下に対して疑念を抱いたということで、学会を弾呵しようということだろう。
 段は、本紙第3号で指摘した「猊下が段に創価学会攻撃を依頼」といった事実を無根とし、「笑止千万」とまで言っている。
 それでは猊下とはどのような話があったのか。
 段は、猊下と高橋とのあいだで漢詩の話があり、その後、学会が宗門に出した九項目の「お伺い書」に話がおよんだとしている。
 そんな話だけではない。もっともっとナマナマしい話があった。ただし、これを今公表すると宗門と創価学会は真っ向からぶつかることになる。また全国の創価学会員は絶対に猊下を許さないであろう。まさに話されたことは謀略なのである。
 なぜいま会見の詳細を明かさないか。創価学会側が、いまだルビコンを渡っていないと判断するからだ。
 一月六日、本山での教師懇談会の折、猊下は泣いて心情を吐露され、前席にいた能化の方々も、ともに泣いたという情景があった。
 一方、不意打ちで総講頭を実質的に罷免された池田名誉会長は、同日、創価国際友好会館でおこなわれた本部幹部会で、宗門問題には直接触れず、つとめて明るく振る舞い学会員を勇気づけることに終始した。会場の学会員にも、同時中継の衛星放送を見ている全国の学会員にも悲愴感を抱かせないよう配慮したように見えた。
 もし罷免された池田名誉会長が泣いてみせればどうなるか。何百万学会員の怒りは猊下一人に集中することになる。創価学会側はこの段階になっても、争いを回避しようとしているようだ。
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